今週22日に投開票された横浜市長選挙で、菅義偉総理大臣が支援した小此木元国家公安委員長が大敗した。横浜は菅総理の地元でもある。政権運営への悪影響は避けられない。案の定さっそく、岸田文雄元外相が「党総裁選に出馬する方向で調整に入った」(翌23日付「産経新聞」朝刊一面記事)。政局の行方は混迷が深まる。
その市長選の最中、アフガニスタン情勢が一気に悪化。8月15日、武装勢力タリバンが首都カブールを制圧、ガリ政権は崩壊した。この日は、アメリカにとっても、20年続いたアフガン戦争の敗北を象徴する「終戦記念日」となった。
日本政府は、自衛隊機を派遣し、現地の国際機関で働く日本人職員や、大使館のアフガニスタン人スタッフなどを退避させる方向で調整を開始。市長選投開票日(22日)の夜、現地の状況を確認すべく、防衛省職員らが出国した。
案外知られていないが、大使以下、大使館職員は、なんと日本人に限り、(アメリカではなく)イギリスの軍用機で脱出していた。当然ながら、とり残された日本大使館のアフガニスタン人スタッフや家族に加え、現地の国際機関で働く日本人職員からも、国外退避への支援を求める声が上がっている。それを受けた自衛隊機派遣であろう。
本来なら、最後まで現地邦人や大使館スタッフを保護すべき立場の日本人外交官が、大使以下、我先にと逃げ出した格好だ。なんとも情けない。
混乱を生んだ張本人は言うまでもなく、アメリカのバイデン大統領である。
だが、当人の認識は違う。8月18日、米ABCテレビの看板キャスターであり、クリントン政権でホワイトハウス広報部長(大統領補佐官)などの要職も務めたステファノプロスによる単独インタビューに答え、「混乱を招かずに済む方法があったとは思えない」と釈明、自身が強引に進めた軍の撤退を正当化した。
加えて、以下の発言も見逃せない。あえてNHKの報道を引こう。
一方でタリバンが短期間で権力を掌握したことについて、バイデン大統領は「情報機関からの報告では年末まではないだろうとのことだった」と述べ、情報機関も予測ができていなかったことを認めました
このNHK報道は、そもそも「情報機関も予測ができていなかったこと」が事実だという前提に立つ。悪いのはアメリカの「情報機関」であり、バイデンではない――そういう報道になっている。
では、本当に「情報機関も予測ができていなかった」のか。きっと真相は違う。事実、本家のABCテレビは、上記発言に「情報機関の機密ブリーフィングを受けた(米)上院議員の認識と異なる」との注釈を被せた。
さらに言えば、ステファノプロスは執拗にバイデンを責めた。「あなたは先月『タリバンがアフガニスタンを掌握する可能性は非常に低い』と述べていた」と鋭く追及していた。バイデンの発言を鵜呑みにする日本の公共放送とは大違いではないか。
楽観したバイデンの罪は重い。アフガン政府に加え、現地市民らを丸ごと見殺しにしたに等しい。命からがら脱出すべく米軍の輸送機に文字通り必死にしがみつく住民らを写した映像は、アフガン戦争を生んだ「同時多発テロ」の映像と共に今後、長きにわたり繰り返し放送されるであろう。
せめて年末にかけ、徐々に米軍を撤退させていれば、こんなことにはならなかった。冬になれば、現地の厳しい気象条件がタリバン地上部隊の動きを阻む。だが、バイデンは4月に表明した撤退スケジュールに固執。強引に撤退を開始させた。
これを受けたタリバンが春から攻勢に転じ、この夏、米軍の撤退は敗退となった。タリバンに勝利をもたらした背景には、これまで米軍の各種兵器がアフガン政府軍を通じてタリバンの手に渡っていたことも大きい。タリバンは米軍の車両や小火器、弾薬などに加え、対地攻撃機まで手にしていた(ことが映像で確認できる)。
タリバンはこれまで、戦闘に破れたアフガン政府軍から、あるいは戦闘せず投降したり、武器弾薬を放棄して退避したりした政府軍から、米軍の装備や弾薬を入手した。なかには、やすやすタリバンに寝返った政府軍部隊もあろう。実際、西部の主要都市ヘラートでは、州知事はじめ高官らがタリバン側に寝返った。アフガン政府軍への米軍の支援が、結果的にタリバンを利する皮肉な展開となった。
結果的にタリバンを利した米軍と違い、中国やロシア、イランなどの一部勢力や関係機関が様々な思惑から、タリバンを直接ないし間接に支援してきた。そう欧米のメディアは報じている。
なかでも〝犯人〞として有力視されているのが、ロシア軍の諜報機関GRUである。少なくとも私は、彼らの〝犯行〞を確信している。事実、アフガン戦争が始まった20年前、あるGRU幹部から直接こう聞いた。「この戦争は長く続く。かつて私はスペツナズ(特殊部隊)の隊長としてアフガンで戦った。そのとき(以下略)」と具体的な地名も挙げながら、いずれ米軍は敗退するとの見通しを示した。
正直そのときは、「まさか」と思っていたが、もはや不明を深く恥じる他あるまい。さすがGRUである。すべて彼が語ったとおりになった。じつは、こうなると、20年前から決まっていたのかもしれない。
バイデンが掲げる「民主主義VS権威主義」の構図を借りるなら、この夏は、前者の無能や無力、無様さばかりが目についた。いまや日米両政権とも支持率低下が止まらない。他方、後者はますます勢いづく。
だが、けっして諦めてはならない。「悪が栄えるために必要なのは、善人がなにもしないことである」(バーク)。もし、われわれが諦めれば、やがて権威主義と専制主義が世界を覆う。いまこそ自由民主主義の真価が問われている。