次期駐日米大使は本当に日米同盟重視の表れと言えるか

外務省報道官は23日、バイデン政権から次期駐日米大使にラーム・エマニュエル前シカゴ市長が指名された人事について、同氏がオバマ元大統領の首席補佐官など要職を務め、バイデン大統領からも厚い信頼を得ているとし、「指名はバイデン政権の日米同盟重視の姿勢を表すもの」と高く評価した。

バイデン氏、ラーム・エマニュエル氏 Wikipediaより

同日のロイターは「バイデン政権、中国大使に外交のプロ指名へ 駐日大使は前シカゴ市長」との見出しで、駐中国大使にニコラス・バーンズ元国務次官を指名したことと併せて報じ、「米国はここ10年間、元政治家を中国大使に任命してきたが、バイデン政権は外交のプロを送る」と報じた。

エマニュエルについて同記事は、クリントンとオバマの政権で財政委員長や大統領首席補佐官などを歴任したとし、ペロシ民主党下院議長も歓迎したとするものの、民主党議員の一部や黒人の人権擁護団体からは、シカゴ市長時代の対応を巡って反対の声が上がる可能性がある、と書いている。

筆者は日経新聞が5月にエマニュエルが駐日大使のなるとの話が報じた頃に、偶さか米保守系紙ワシントンフリービーコン(WFB)の記事を読んで、彼の経歴や評判に余り芳しくない印象を持っていた。本稿ではその辺りのことを述べてみたい。

件(くだん)のWFBの記事は5月29日付で、リードには「エマニュエルの中国との関係は日本大使として『失格』とホーリーは言う」とあり、副題は「バイデンの大使候補はシカゴ市長(*任期は11年5月-19年5月)として何百万もの中国投資を言い寄った(court)」となっている。

この「ホーリー」はミズーリ州選出の若手(42歳)米共和党上院議員ジョシュ・ホーリーだ。彼はトランプ擁護派最右翼で、コロナや香港問題での対中国制裁や台湾防衛に取り組むほか、今般のアフガン撤退でもトランプ合意を踏襲したバイデンを支持した。24年の大統領選の候補の一人でもある。

記事はシカゴ市長時代のエマニュエルが16年に仲介した契約が、「競合より5ポイント低い評価にも拘らず、中国国営の中国中車(*世界最大の鉄道会社)にシカゴ交通局の車両を発注した」ことを挙げ、中国中車がファーウェイと協力関係にあることが19年の調査で判ったとする。

ホーリーは「中国共産党が所有するファーウェイと関連のある企業に、米国の主要都市の重要インフラの建設を任せるとは、危険でナイーブなだけでなく駐日大使にとして失格だ」とエマニュエルとバイデンを批判した。

また記事は、エマニュエルがオバマ政権の首席補佐官だったウィリアム・デイリー元商務長官や投資家のマイケル・サックスなどのシカゴのビジネス界メンバーに北京との通商促進に参加するよう指示、デイリーの兄リチャードと甥のパトリックは13年に中国の有給外国代理人として登録したとする。

兄のR.デイリーはエマニュエルの前任として足掛け22年シカゴ市長だった人物だ。シカゴがアル・カポネ時代に象徴される「ボス型支配の都市政治の典型」であることを考えれば、55年から22年間市長だった父親と同様、彼が政治マフィアの中核だったと知れる(「オバマ新政権の実態」桃山法学第14号’09 松村昌廣桃山学院大教授)。

この「松村論文」には、余り表に出ていないオバマ関係の情報が溢れている。例えば、オバマ大統領の首席補佐官に就いたエマニュエルは、典型的なオバマのシカゴ閥の一員であり、かつてはイスラエル国防軍に文民軍属として志願し参加した経歴の持ち主で、親イスラエルの立場をとっているという。

またR.デイリーの手下でシカゴの政治資金フィクサーのトニー・レズコーは、オバマが政治家デビューしたイリノイ州上院選後援会の資金委員会メンバーで、当時オバマはレズコーを介してデイリー市長から資金援助を受けていたと思われる。従ってレズコーが一連の詐欺罪や収賄罪で有罪宣告*されている事実は非常に重いとする(*06年に起訴され、11年に懲役10年6ヵ月)。

さらに、オバマが大統領選の資金集めのため、レズコーとサダム・フセインの武器密輸業者を自宅のディナーに招いたことや、08年にイリノイ州知事がオバマの上院議員ポストの後継指名を巡って腐敗嫌疑で逮捕された件にレズコーが関わっていた事件などは、オバマとR.デイリーとラズコーの関係を裏打ちすると書かれている。

話をWFBに戻せば、エマニュエルは市長退任後の19年、投資会社Centerview Partnersに入る。同社はハネウェルに複数の契約についてアドバイスしていたが、米国務省は21年5月、米軍の秘密の青写真を中国と共有した廉でハネウェルに1,300万ドルの罰金を科したとも同紙は書いている。

以上から、エマニュエル前シカゴ市長がオバマ人脈の極めて重要な一角を占めていることが、昨年11月末には彼がバイデン政権の運輸長官に擬され(シカゴの鉄道案件が評価された)、また今回バイデンをして彼に駐日大使として白羽の矢を立てさせたのだろうとの想像が容易につく。

前掲の日経は、エマニュエルには「駐中国大使への起用論も浮かんでいた」が、「駐日大使は首相や官房長官とも面会でき、裁量の余地が大きい。駐中国大使が国家主席に会うのは難しく、それほどの権限はない」とし、「こうした点から、駐日大使での起用になった可能性がある」と書いている。

が、WBFには鉄道車両の件以外にも、エマニュエルが13年に精華大学で講演したり、劉延東副首相や王朝商務副大臣ら党幹部や武漢の唐良智市長をシカゴに招いたりし、その関係で8件の中国プロジェクトを誘致したとし、また、ある共和党上院議員側近が、彼は上院公聴会で中国との利害関係を説明する必要があるとWFBに語ったこと書いてある。

これらから推すと、日経記事とは異なる彼が駐中国大使から駐日本大使へシフトされた理由が浮かぶ。それは深過ぎる中国との関係だ。またロイターが触れた「黒人の人権擁護団体からは、シカゴ市長時代の対応を巡って反対の声が上がる」とは、丸腰の黒人少年を警察が射殺した事件のビデオ隠蔽に加担したとされる件だ。

こうした、曰く因縁が少なからずある人物が駐日米大使になるとすれば、外務省報道官の「指名はバイデン政権の日米同盟重視の姿勢を表すもの」との高評価は、ホーリー議員が言うように「危険でナイーブ」なのではなかろうかと思う。上院公聴会の成り行きが注目される。