99.4%の支持で再選された党首

イザヤ・ベンダサンの著書だったと記憶するが、ユダヤ人は会議で100%の支持を受けた提案に対し、「良くないことだ」として再考するという。すなわち、人間が全て同じ意見であることは有り得ないし、危険だという考えがその根底にあるわけだ。

99.4%の支持を得て党首に再選されたクルツ首相(中央)オーストリア国営放送公式サイドから、写真オーストリア通信

オーストリアのセバスティアン・クルツ首相(与党「国民党」党首)は28日、ニーダーエストライヒ州の州都サンクト・ペルテン市で開催された第39回国民党大会で99.4%の支持を受けて再選された。党大会前から再選は間違いないと考えられてきたが、どれだけの支持を得るかに関心が注がれてきた。結果は、536人の党代表のうち533人がクルツ党首を支持したのだ。すなわち、99.4%の支持率だ。100%に限りなく近いが100%ではない。クルツ党首にとっては理想的な再選となったわけだ。

投票結果が公表されると、クルツ党首は顔を紅潮させながら、「ありがとう。あなた方の支持はこれからの政治活動の支えとなる」と党代表たちに感謝した。それにしても、党大会前日の27日に35歳になったばかりのクルツ党首がこれだけの信頼を得て、しかもオーストリアでもっとも人気がある政治家というのも凄い。2017年の総選挙、欧州議会選、州議会選、早期総選挙とクルツ党首が率いる国民党は全戦全勝だ。クルツ党首前の国民党を知っている国民には考えられないことだ。

オーストリアでは戦後から社会民主党が常に第1党であり、保守派政党「国民党」はいつも第2党としてジュニア政党の立場に甘んじてきた。それがクルツ氏が登場してから国民党は社民党を抜き、第1党の地位を確立してきたのだ。党首の責任は選挙に強く、有権者の支持をより多く獲得することだが、クルツ氏はその正道を歩み、党内で絶大な支持を得てきた。前回の党大会(2017年)ではクルツ氏は98.7%の支持率を得て党の舵取りを任されたが、今回はその結果を上回ったのだ(党首のほか、4人の副党首が同じように再選された)。

少し、脱線するが、99.4%という意味は0.6%の党代表はクルツ党首を支持していないということになる。具体的には、536人の党代表の3人がクルツ党首のリーダーシップに反対したわけだ。無記名投票だから、誰が反対したかは不明だが、この3人の反対者が党大会での党首選出の正当性を与えたことにもなる。

同氏の人気は高く、現時点では不動だ。党総裁選の度に、どのような結果となるか分からない日本の与党自由民主党の総裁選とは全く異なる世界といえるだろう。参考までにオーストリアの他の政党の党首支持率を紹介する。第2党の社民党のパメラ・レンディ・ヴァーグナー党首は党大会で75%の支持率しか獲得できずに再選された。社民党内で反党首グループが強く、党の結束を損なっていることが分かる。極右派政党「自由党」のキックル氏は88.24%の支持でホーファー党首の後継者選で当選している。

クルツ党首は党首選前の演説でパンデミック対策の現状を説明する一方、野党側の国民党への批判の声が高まってきていると指摘、「彼らは政策批判ではなく、個人への中傷を繰返している」と反撃。移民問題ではアフガンからの難民受け入れを拒否するクルツ氏に対し、社民党が「非情な政策」と非難を繰り返しているが、「わが国は欧州でも過去、最も多くのアフガン難民を受け入れてきた」と強調、「不法移民や移民・難民を欧州に運ぶ犯罪グループへの対策はこれからも継続していく。重要な点は現地での支援だ」と従来の主張を繰り返した。ただし、移民・難民問題では国民党と立場が異なる連立政権のパートナー「緑の党」対しては直接の批判を避けている。

クルツ党首はオーストリアにとって今後重要となる5つの分野を挙げた。国民の負担軽減(税対策)、雇用の拡大、環境の緑化、社会全般のデジタル化、そして移民対策だ。特に、移民・難民政策では政権パートナーの「緑の党」と対立するケースが増えてきた。特に、アフガン出身の少女の強制送還では「緑の党」から強い反発が出てきて、一時は「国民党・緑の党」の連立政権は崩壊の危機に直面した。

クルツ政権から「緑の党」が離脱した場合、遅かれ早かれ早期総選挙の実施となる。選挙となれば、「国民党」は更に得票率を増やす一方、「緑の党」は社民党、自由党に抜かれ第4党に後退する可能性が高い。そこで「緑の党」側で国民党批判を自制する動きが出てきたところだ。国民党としても「緑の党」との連立以外に政権を組める政党は社民党しかいないが、クルツ氏は社民党との連立には強い抵抗感がある。そのため、国民党も「緑の党」も政権維持の方向に傾いているわけだ。現連立政権が任期(5年間)を全うするか否かは不明だが、クルツ党首の人気はここしばらくは変わらないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。