黒坂岳央(くろさか たけを)です。
カズレーザー氏はメディアで「アップルのスティーブ・ジョブズ氏亡き後も、アップルは隆盛を極めている。世の中に替えのきかない人間はいない」と主張して多くの共感を呼んだ。言いたいことの本質はよく理解できるし、人の心を温かくするいいことを言っていると感じる。だが、「天才と言われるスティーブ・ジョブズ氏しかできない仕事なんてなかった」というたとえが適切であるかは、個人的に疑わしいと感じる。
カズレーザー氏による、件の発言はYouTube動画で見ることができる。
昨今のアップルの跳躍は目覚ましいのは間違いない。だが、その成功については、ジョブズ氏がiPhoneを開発して世界的に大ヒットを飛ばしたものとは質的に異なると感じる。つまり、ジョブズ氏がもたらした成功はイノベーティブなプロダクトであり、現CEOのティム・クック氏率いる経営陣はマネジメントによるものだと思うのだ。
ジョブズ氏の死後、アップルはどうなった?
2011年にジョブズ氏が亡くなる直前のことは、今でも覚えている。病気の容態によって株価が動き、多くの専門家が「ジョブズがいなくなったら、アップルは終わりだ」と口を揃えて悲壮感が漂っていた。
2011 3Q | 2021 3Q | |
売上高 | 28.5 | 81.4 |
純利益 | 7.3 | 21.7 |
※単位はbillion USD
アップルの2011年と2021年の第3四半期の決算を比較すると、当時と比べて売上高も純利益も大きく伸びている。同社の代表的なプロダクトであるiPhoneをはじめ、様々なビジネスで稼ぎに稼いでいることがわかる。
この決算を見る限り、2011年当時に多くの専門家が出した「もうアップルは終わり」という予測は完全に外れた格好になった。
ジョブズ氏とクック氏の功績
だが、この業績好調だけを見て「ジョブズ氏の替わりは務まる」とは言い難いと思うのだ。冒頭でお伝えしたとおり、個人的にはジョブズ氏とクック氏の貢献は質的に異なると思っている。ここからは個人的な独断的意見であることを念頭に読み進めて頂きたい。
ジョブズ氏はiMacでパーソナルコンピュータの礎を築き、iPhoneでポータブルミュージックプレーヤーやカメラなど、従来のプロダクトが個別に持っていた機能を統合したことでライバルを駆逐した。その他、彼はピクサーを世に送り、製品のデザインにおける進化を促している。生前のビジネスによって直接的、間接的に世に与えた影響力は計り知れない。ジョブズは根っからの起業家であり、商品サービスを創出する天才に思える。彼がいなければ、ITの進化はどれだけ遅れていたかは想像することが難しい。
対してクック氏は、IBM、インテリジェントエレクトロニクス、コンパックなどキャリアを渡り歩き、現在はアップルCEOを務める「ビジネスプロフェッショナル」である。同氏最大の功績としては、同社製品における販売・管理・顧客対応のサポートを取りまとめ、サプライチェーンマネジメントを通じて収益性を高めたことにあるだろう。
このように俯瞰すると、クック氏はジョブズ氏の生み出したアップル社や同社の製品サービスの土台なくして、現在の隆盛を築き上げられたかは疑問だ。クック氏はビジネスのプロフェッショナルであるが、イノベーティブなプロダクトのプロフェッショナルではないだろう。そう考えると、ジョブズ氏が残した遺産あったからこそクック氏が手腕を発揮できたと思えるのだ。
替えのきかない人間はいる
「世の中に替えのきかない仕事はない」については、厳密さが必要だろう。確かに会社経営における運用や技術については、替えはきくのかもしれない。「この仕事はAさんにしかできない」というような主張も、新たな人材を連れてくれば会社は問題なく存続するという例は個人体験的に見てきた。すでにビジネスとして運用がまわっている業界で、オペレーションが出来上がっているなら人材の替えはきくだろう。そもそも、この存続性こそが個人にはない、企業が持つ特異な機能性だからである。
だが、0→1の仕事の中にはそうはいかないものもあるだろう。歴史にIFはないが、たとえばエジソンの白熱電球の発明は、明らかに大きな貢献であり、エジソンという人的特性に由来する結果に思える。彼の研究所には多くの学者や専門家がいたが、当時圧倒的な熱量と情熱で研究開発に勤しむエジソンがいなければ、あの時代に白熱電球が生まれたかは疑わしい。
繰り返しだが、カズレーザー氏の主張の意図はよく分かる。「人材なんて替えがきくのだ。頑張りすぎるな」という温かみのあるメッセージと理解すれば、ムキになって反論するべきテーマではないだろう。だが、経営やビジネスオペレーションはあくまで技術であるため、替えは聞く仕事であるのに対して「情熱」の替えはきかない。中小企業は創業者が亡くなると、2代目、3代目はうまくいかないケースが多いのは、まさしく創業者の情熱までは代替できないことを示していると思うのだ。
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