菅首相の挫折で読み筋が狂う
総合月刊誌の雄を自認する月刊文芸春秋10月号は、雑誌研究史に残る大失態を演じました。菅首相をめぐる総裁選という大テーマを満載したところ、少なくとも3本が不発弾ないし誤爆となりました。
文春は10月号から、新聞時評「新聞エンマ帳」を復活させ、「コロナの無責任報道を叱る」という記事を載せました。タイミングが悪いことに、肝心の文春今月号は「月刊文春を叱る」とでも言いたい惨状です。
新聞と違い、雑誌記事では、特に執筆者の責任が重い。そうはいっても、編集部がかなり前から企画立案し、原稿をチェックし、掲載の最終的な決定を下し、印刷工程に送り出します。
月刊誌は新聞、テレビ、ネットと違ってハンディがあり、手直したくても「時、すでに遅し」となることがよくあります。そこは同情するにしても、今回は記事を検証し「劇的な読み筋違いの弁」を掲載してはどうか。
最大の不発弾は、「菅首相インタビュー/正面からお答えします」です。聞き手は元朝日新聞主筆の船橋洋一氏ですから、役者に不足はない。
首相は3日に総裁選不出馬を表明し、発売日は10日ですから、その経緯、首相の誤算、反省などに鋭く切り込んだインタビュー記事だと思い、読み始めましたら、どうも勝手が違うのです。
14ページのうち10ぺーこが新型コロナ対策に割かれています。総裁選向けらしい苦労話がだらだらと続く。首相とは思えない細かなことばかりお話になる。船橋氏にも切れ味は感じられません。事前の調整があったのでしょう。
読んでいるうちに「そうか、総裁選出馬に向けた決意表明を兼ねて、自分の実績を語ったのか」と。そうでした。船橋氏が質問で「総裁選出馬を表明しています」とふると、「自助・共助・公助」の決まり文句を述べ、最後に「解散は自分の手でやってみたい」と、締めくくりました。
8月末のインタビューですから、その時は菅首相は総裁続投のやる気まんまんでした。首相続投を前提として、インタビューを仕上げたのでしょう。3日に不出馬表明があった時には、編集の修正がもうきかない。
読者は、「過去の人」になった首相の「コロナ、五輪、解散から安保戦略の見直しまで」(目次のタイトル)を聞かされても読む気は失せる。
第2の不発弾は「岸田文雄『菅さんには絶対勝つ』/聞き手・篠原文也」です。支持率が急落しているのに政権にしがみつく菅首相を標的にすれば、岸田・元外相に勝利への推進力になる。その菅首相が退陣してしまう。
河野、高市氏らが相手の総裁選の行く方はまだ混沌していますから、岸田氏にはまだチャンスはある。岸田氏の「メイクドラマを目指す。勝つつもりです」はいいにしても、「菅さんには勝つ」は不発になりました。
菅首相という当人が突然、消えてしまうのです。これも修正が間に合わず、インパクトがない記事になりました。
第3の不発弾は、政局展望の名物コラム「赤坂太郎」です。「高市なんて簡単にひねり潰せる」「菅は8月末、一転して二階幹事長に動いた。岸田の『二階外し』が喝采されたことに焦りを募らせた」と。
「いずれにせよ、菅は国民の厳しい審判に直面することになる」などの指摘は、菅の総裁選出馬を前提にした話です。菅退陣表明後の政局展望を読者は当然、期待しているのですから、はぐらかされた感じです。
「赤坂太郎」は、菅政権潰しのような厳しい批判を毎号、投げ続けてきましたから、とうとう目的は達しました。その最終段階が間の抜けたコラムとなり、残念がっているに違いありません。
最後に「眞子様、ご結婚へ/本誌取材班」は、その通りの展開になりつつあります。読売新聞、NHKのスクープ「年内に結婚」(1日)を各メディアが後追いし、「10月、婚姻届け」(共同)との続報もあります。
「眞子さまは皇室を離れたいという強い願望をお持ちです」「皇室の中に幽閉され、人権も与えられず、投票権もなく、何十年も過ごさなければならない。皇族は高みにいるのではなく、世間からうらやましがられる存在ではないと、本人は感じている」という話も「なるほど」です。
恐らくこのスクープは、首相周辺を情報源としないと書けません。9月1日の掲載ということは、8月31日に首相周辺が示唆した。これも菅首相が総裁選の出馬を前提に、サービスしたのかもしれません。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2021年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。