総裁候補がだれも語らない日本経済の最大の問題

池田 信夫

自民党総裁選では、経済政策の論争が低調だ。年金改革については河野氏の最低保障年金が正しく、エネルギー政策については彼の脱原発は誤りだが、それ以外は大した違いがない。

岸田氏の「株主資本主義の見直し」は時代遅れの笑い話で、高市氏の財政バラマキはアベノミクスの二番煎じだ。安倍政権の8年間に、日本の潜在成長率はゼロに近づいた。これが成長の天井であり、いくらバラマキで需要不足を埋めても、これ以上は成長できないのだ。

日本の潜在成長率(日銀調べ)

雇用規制を強化した安倍政権

今の日本に必要なのは、この天井を上げることだ。それにはむしろ株主資本主義を徹底して、生産性(TFP)を上げる必要がある(分配はベーシックインカムなどの最低保障でやればいい)。そのために必要な条件は、教科書的にいうと資本効率労働生産性の向上である。

このうち資本効率を上げるには、菅政権でアトキンソン氏が主張したように中小企業の過剰保護をやめる必要があるが、これは膨大な規制や補助金や租税特別措置があり、それぞれに既得権がついているので、是正は容易ではない。

それに対して、雇用規制は比較的シンプルである。労働契約法16条の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という解雇権濫用法理を廃止すればいい。

外資系企業と同じように退職金を上積みして解雇する金銭解雇のルール化は第1次安倍内閣で検討されたが、労組・野党・マスコミの大反対でつぶされた。

第2次安倍内閣でも、当初は(財界の意を受けた)経産省主導でこういう雇用改革が提案されたが、その法案を準備していた2016年秋に電通社員の自殺という事件が起こり、「働き方改革」は逆に雇用強化になり、解雇権濫用法理が労働契約法で明文化されてしまった。

これをマスコミが「長時間労働が原因だ」とか「パワハラだ」と攻撃し、野党がそれに便乗して雇用規制の緩和を葬り、逆に長時間労働の禁止などの規制強化になった。それを後押ししたのは家父長主義の厚労省である。結果的にはこれが安倍政権の「第3の矢」の終わりだった。

非正規化はグローバルに進行している

「中小企業は自由に解雇している」という人も多いが、それなら中小企業は金銭解雇に賛成してもいいはずだ。ところが中小企業も解雇規制の緩和に反対している。それは彼らの脳内に雇用に手をつけるのは最後という日本的雇用のモラルが残っているからだ。

それ自体は悪いことではないが、結果的には国内の正社員規制が強すぎるために、グローバル企業は海外に逃げ、2000年代以降に製造業の空洞化が進行した。

非正規の比率は40%で頭打ちになったようにみえるが、これは国内(GDPベース)だけの話である。図のように日本の海外投融資残高は、邦銀が絶対額で世界一だ。新規雇用のほとんどは海外法人で生み出され、これはすべて「非正規」である。

日本経済新聞より

海外法人を含むGNP(GDP+海外投資収益)でみると日本経済は順調に成長し、日経平均に出てくるグローバル企業の収益は上がっているが、新しい雇用は海外で生まれているので、GDPベースの国内雇用は失われ、実質賃金は低下している。

このようなグローバルな雇用の空洞化(非正規化)が、2000年代以降の「デフレ」の最大の原因である。このトレンドは2010年代の円高で加速したが、アベノミクスによる大幅な円安の後も変わらない。

金銭解雇のルールが必要だ

解雇規制の緩和は、政治的にはきわめて不人気である。経営者と経済学者以外は、労働組合もマスコミも労働法学者も反対する。従業員の解雇は非人道的にみえるので、裁判所の判例も、会社がつぶれるまで解雇できないという整理解雇の4要件が確立している。

しかしこのように定年まで解雇できない正社員の生涯賃金は、大卒男子で3億円。変化の激しい業界では、ハイリスクの人的資産である。その保有を義務づけられると、企業は正社員の雇用に慎重になり、契約社員や派遣社員を雇用するようになる。それが2000年代以降に起こったことである。

こんなことは経営者なら誰でも知っているが、厚労省とその御用学者にはわからない(ふりをしている)。解雇権濫用法理を法改正で上書きして金銭解雇をルール化し、正社員という概念をなくさないと、日本的雇用は変わらない。それなしで「ジョブ型雇用」とか「45歳定年」などというのはまやかしである。

他の問題では自民党的コンセンサスに反抗する河野氏も、雇用問題には沈黙している。「新自由主義」に反対する他の3人には望むべくもない。安倍政権が誤ったスイッチを入れたこの問題を仕切り直さない限り、日本経済に希望はない。