グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 原田 大靖
米上院は去る9月23日(米東部時間)、国務次官補(東アジア・太平洋担当)に“知日派”のダニエル・クリテンブリンク前駐ヴェトナム大使を起用する人事を承認した。一見すると、米国務省の人事のニュースに過ぎないが、この国務次官補というポストは実は歴史的にも重要な役割を果たしている。
そもそも国務次官補とはどういったポストなのか。米国務省(Department of State:DOS)は、米国の外交政策を実施する行政機関の一つで、他国の外務省に相当する。18世紀後半、合衆国憲法が制定された当初は、外務省(Department of Foreign Affairs)として設立されたが、その後、造幣局の運営や統計調査など様々な内政任務も与えられ、すぐに国務省に名称が変更された。その後、19世紀に入ると内政任務のほとんどが他省庁に引き継がれ、現在では、外交とその周辺領域(通商、国家行事など)を担当している。
国務省のトップである国務長官は米政府の首席閣僚であり、大統領継承順位(presidential line of succession)では、副大統領(兼上院議長)、下院議長、上院仮議長に次ぐ継承権を持つ。国務長官の下に国務副長官、国務次官、そして国務次官補がおかれている。このように国務省内のプロトコル・オーダーでも国務次官補は第4位の役職であり、世界各地域との外交任務を地域毎に分担して管理するために以下のように6名の国務次官補が配されている:
●西半球担当
●ヨーロッパ・ユーラシア担当
●東アジア・太平洋担当
●近東担当
●アフリカ担当
●南・中央アジア担当
国務次官補は、直接的な外交政策の決定過程においても非常に大きな役割を果たしており、また、対外的にも「局長級協議」による実質的な外交交渉を進める。例えば、北朝鮮の核問題をめぐる6か国協議では、よく報道でもクリストファー・ヒル米国務次官補のカウンターパートとして、我が国外務省からは佐々江賢一郎アジア大洋州局長が協議に参加している旨、報道されていたことは記憶に新しいであろう(参考)。
さらに歴史を遡れば、1950年に極東担当国務次官補となったディーン・ラスクは、朝鮮戦争に関する米国の決定に多大な影響力を及ぼした。また1951年8月には、戦後の日本海の日本領土(竹島を含む)に関して韓国に「ラスク書簡」を送っており、これは現在でも、我が国の竹島領有に関する重要な根拠の一つとなっている。
では、今回クリテンブリンク大使が国務次官補に任命されたことで、我が国を含む東アジア情勢にいかなる変化がもたらされるのか。同氏の出身であるネブラスカ州の地元紙や出身大学のニュース記事によると、1991年にネブラスカ大学で文学士を、バージニア大学で文学の修士号を取得(参考)。学生時代、1年間日本(関西外国語大学)にも留学している(参考)。
1994年に国務省に入って以降、東京の米国大使館、在札幌米国総領事館、クウェート及び北京に駐在している。オバマ政権では国家安全保障会議(NSC)のアジア上級部長や国務省の北朝鮮政策担当の上級顧問という要職を歴任し、トランプ政権時の2017年にヴェトナム大使に任命されている。
ヴェトナム大使時代には、かつて敵国同士であった米越両国の和解を促進したとして、現地メディアからは「初代大使」として評価されている(参考)。
日本語、中国語も堪能なクリテンブリンク氏の国務次官補任命は、日本、中国、ヴェトナム、さらには米国との関係に少なからず影響を及ぼす展開が考えられる。これら4ヵ国を結ぶ「糸」として想起されるのが、「援蔣ルート」である。日中戦争において大日本帝国と中華民国の蔣介石政権が対立していた際、主に英米ソ3か国が蔣介石政権を軍事援助するために用いた輸送路のことである。
現在、中国ではIT大手に対する規制強化によって、中国からのマネー流出が加速しているが、こうした動きは、今後、経済的ポテンシャルが高いといわれている華南地域から物理的にも移動しやすいヴェトナムへ、かつての「援蔣ルート」を逆流する形でマネー流出が加速していく展開もあるのではないか。そうすると、これらの地域をすべてカバーできる能力をもったクリテンブリンク新国務次官補率いる米国がアジアにおけるマネー流動に先手を打つ形になるのではないか。
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原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。