近年稀にみる盛り上がりであった自民党総裁選挙は、その割には岸田文雄氏の当選という穏当な結果で終わった。派閥の支援がなかったうえ、出遅れも響いた野田さんはもちろんのこと、安倍元首相の強力な支援があったとはいえ、女性を総裁にするほどの度胸は今の自民党にはなさそうなので、高市さんの当選もないと思われた。だが、河野総裁の誕生は、あり得るかも、と多少の期待感があった。
すでにメディアで指摘されているように、コロナ感染者数の急速な減少とこの総裁選の盛況で自民党の支持率に改善が見られ始めたため、党内の危機感が薄らぎ、変化よりも安定を選んだということであろう。来る総選挙は、サプライズなしでも過半数は何とか確保できると踏んだわけだ。
高市さんを除く3人の候補者が掲げた政策も、たとえば格差是正、再生可能エネルギー、消費税による公的年金最低保障、ジェンダー平等、多様性社会といったように、立憲民主党など野党のそれと重なるところが少なくなく、選挙を前に野党の出鼻を挫く効果も期待できた。これも自民党の安心材料になったのかもしれない。
ところで、投票日に先立つ9月21日、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」という市民団体が4人の候補者に選択的夫婦別姓に関するアンケート調査を実施した。9月26日には全員の回答が出揃い、翌27日、回答を同団体のホームページで公開した(「選択的夫婦別姓を党の公約にしますか?」自民党総裁候補者アンケート結果)。
アンケートは、自民党総裁としてどのように選択的夫婦別姓の実現に取り組むかを問うものであった。興味深かったのは、質問への向き合い方が男女の候補者で対照をなしていた点である。
二人の女性候補は、正反対の意見ながら、歯切れが良く、しかも持論を忖度なく表明していた。野田さんは、周知のように選択的夫婦別姓賛成の立場で、このアンケートでも党として衆議院選挙の公約に掲げ、法制化を推進すると言い切った。高市さんは、夫婦別姓には反対で、通称使用を拡大、制度化することで対応可能との従来からの主張を繰り返した。
一方、男性陣の回答は迷走気味だ。4つの設問はいずれも「はい」か「いいえ」で答えることになっているが、河野さんは、すべて「いずれも選択しない」と態度を保留し、選択的夫婦別姓に「一人の政治家としては賛成する」が、「丁寧な議論を経ずに一つの意見に集約すべきではない」ので、総裁として取り組むつもりはないと述べた。
政治家がトップを目指すのは、権力欲だけではなく、自分の信念や政策を実現するためのはずである。少なくとも有権者はそれを期待する。政治家として賛成ならば、総裁としても賛成を貫き、実現をめざすのが筋というものだ。党内の反対論者を説得し、妥協は多々あっても賛成へとまとめ上げ、自らの考えを実現してこそ、リーダーであり、また政治家の醍醐味ではないだろうか。
岸田さんも五十歩百歩であった。河野さんと同様、一人の政治家としては賛成だが、自民党の公約に掲げることには「いいえ」の一方、法制化にはどちらとも言えないと答えていた。ついでながら、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂さんによると、岸田、河野の両氏は「選択的夫婦別氏制度を早期実現する議員連盟」の顧問である。
当選の見込みがなかった(と、ご本人も自覚しておられた)野田さんは、誰にも遠慮せず持論を展開できた。高市さんには安倍元首相という強力な後ろ盾があり、夫婦別姓反対は彼女の岩盤支持層の持論である。あくまでも憶測にすぎないが、高市さんは、鷹派的主張を封印しリベラル派にすり寄って当選にしがみつくよりも、このところ活気がなかった右派の復権をめざそうとしたようにみえた。
対する男性両氏の歯切れの悪さは、一つには「総論賛成、各論反対」という政治家に良くみられる態度、言い換えればこの問題をさほど重視していないという理由もあるかもしれない。しかし、それ以上に見え隠れするのが、日和見主義だ。公表している賛成の立場は温存しつつ、党内の別姓反対派を刺激する回答は極力避けたかったのであろう。
総理の椅子が目の前にちらつくと、票の取りこぼしがないように、政策が総花的になり、言動が慎重なになるのは、理解できる。しかし、それは政治家としての勢いや魅力を奪う。とりわけ、河野さんは立候補を表明した当初の輝きが終盤に近づくにつれ失われ、ただの自民党議員になったように感じ、残念であった。