日本人はなぜ貧乏になったの?(アーカイブ記事)

このごろ「日本人の給料が安くなった」とか「貧乏になった」とかいわれます。それは本当でしょうか。貧乏になったとしたら、なぜでしょうか。よい子のみなさんにもわかりやすく説明しました。2021年10月3日の記事の修正版です。


G7各国の平均年収(購買力平価)の推移(FPcafe

Q1. 日本人は貧乏になったんですか?

「貧乏」にはいろんな基準がありますが、OECDの調べたドルベースの「購買力平価」(ある時期のお金からの増加率)でみると、上の図のように1990年を基準にすると、日本人の平均年収は約3.8万ドル(443万円)。G7ではビリから2番目で、アメリカのほぼ半分です。

Q2. なぜ貧乏になったんですか?

ドルベースで給料が安くなった原因は円安です。安倍元首相と黒田日銀総裁が円を安くして、輸出で景気をよくしようとしたのですが、裏目に出て、輸入品が値上がりしてしまいました。

たとえばビッグマックの値段は、日本では390円ですが、アメリカで食べると621円です。2010年にはアメリカでも400円ぐらいでした。この10年の円安(ドル高)でビッグマックの値段は200円ぐらい高くなり、アメリカ人の給料は上がったのに、日本人の給料は上がらなかったのです。

Q3. なぜ給料が上がらなかったんですか?

正社員の雇用を守るために、労働組合が賃下げを認めたからです。中高年の正社員は仕事がなくなって社内失業していますが、終身雇用なのでクビにできません。需要が減ると価格が下がります。労働サービスの価格が給料ですから、次の図のように正社員の需要が減ったら、給料が下がるのは当たり前です。

正社員とパートタイム(右軸)の時給

パートタイムの人が4割ぐらいに増えたので、平均年収が下がった効果もあります。上の図のように時給ベースではパートやアルバイトの時給は上がっていますが、もとが低いので、正社員と合計した平均は下がります(左右の座標軸の違いに注意)。お父さんの給料が同じでも、お母さんがパートに出たら、家の平均年収は下がるわけです。

Q4. でも企業はもうかって株価は上がってますね?

日経平均株価に入っているグローバルな大企業の業績は好調です。トヨタもソニーも史上最高益を記録しましたが、その利益のほとんどは海外法人で上がっているので、国内の雇用は増えません。図のように、昔は経常収支の黒字は貿易収支(輸出代金)だったのですが、2010年代にはほとんどが所得収支(海外法人の利益)になったからです。

日本の国際収支(億円)日銀

よい子のみなさんにはむずかしいと思いますが、所得収支の黒字はGNP(国民総生産)には入るのですが、GDP(国内総生産)には入りません。企業の株主利益は連結決算なのでGNPベースですが、国内の雇用には反映されないのです。これが日本企業のグローバル化が進んだ2010年代に、企業収益が上がるのに賃金が下がり、格差が拡大した原因です。

Q5.岸田さんの「新しい資本主義」って何ですか?

金持ちから税金をとって貧乏人に分配しようという話です。岸田さんは金融所得の課税強化をするといっています。お金持ちからとった税金を、このパネルに書いてある「住居費・教育費支援」などにまわして、格差を是正しようということだと思います。これを岸田さんは「成長と分配の好循環」と呼んでいます。

Q6. 好循環ってどういうことですか?

お金持ちはあまりお金を使わないので、彼らから税金をとって貧しい人に分配すると、そのお金を使うので消費支出が増え、それによって経済が成長すると分配も増えるという話です。

この「好循環」は安倍政権でもいわれたことですが、うまく行きませんでした。日本経済があまり成長しなかったので、その分配も増えなかったのです。パイが大きくならないと、それを平等にわけても、みんな平等に貧しくなるだけです。

Q7. 岸田さんは「株主資本主義を見直す」といってますね?

これはいわゆるステイクホルダー資本主義をめざしてるんだと思います。これは株主だけではなく、労働者や消費者や地元住民などの利益も考えようという話です。これも新しい話ではなく、昔は「日本は労使協調のステークホルダー資本主義で成功した」という人がいましたが、90年代に日本の会社がおかしくなると、いなくなりました。

日本の会社はすべての人間を大事にするわけではなく、大企業に定年までつとめる正社員を大事にするしくみなので、終身雇用や年功序列で正社員を守りますが、パートやアルバイトには冷たいのです。

Q8. この格差は岸田さんの分配政策でなおるんでしょうか?

残念ながらなおりません。根本的な原因は、日本の人口が減って市場が小さくなる一方、アジア市場が大きくなり、賃金もアジアのほうが安いからです。

これは水が高い所から低いところに流れるようなもので、水位が同じになるまで止まりません。この水位差がなくなるのは20年以上先ですから、それまで日本国内の賃金が下がることは避けられないと思います。

Q9. 格差をなくすにはどうすればいいんですか?

グローバル化が進むかぎり、日本の賃金がアジアの水準に近づくのを防ぐことはできません。これは国内では格差の拡大ですが、世界的にはアジアの貧しい労働者の賃金が上がることですから、それを防ぐべきでもありません。

グローバル化を止める方法は、保護貿易しかありません。岸田さんが重視する「経済安全保障」は、先端技術の情報が中国に流れるのを防ぐ保護主義の一種ですが、日中の経済交流が弱まると日本企業の収益が悪化するでしょう。極右のみなさんは中国を敵視していますが、日中関係はそれほど簡単な問題ではないのです。

Q10.財政出動で格差は埋められるでしょうか?

グローバル化による格差は構造的なものですから、財政ではなおりません。今は20兆円ぐらい需要不足があるので、財政赤字を気にする必要はありませんが、財政支出は一時しのぎの需要の先食いですから、構造問題の解決にはなりません。岸田さんはリフレとかMMTなどのいかがわしい話とは縁を切るでしょう。

でもその代わりに民主党政権みたいな分配政策で結果の平等を求めても、企業が日本から逃げ出して日本経済が縮むだけです。むしろ企業のグローバル化を進めて収益を上げ、それを税金で還元して最低保障年金のような形で再分配する河野太郎さんの案が合理的だと思います。