岸田さんの「新しい日本型資本主義」って何?

池田 信夫

あす臨時国会が開かれ、岸田文雄さんが第100代の内閣総理大臣にえらばれます。彼のスローガンは「新しい日本型資本主義」。その中身は、このパネルに書いてあるんですが、よい子のみなさんにはむずかしいと思うので、なるべくやさしく解説しましょう。

AbemaTVより

Q1. 新自由主義って何ですか?

このパネルには「新自由主義からの転換」と書いてありますが、岸田さんは安倍・菅政権が新自由主義だったと思ってるんでしょうね。新自由主義というのは、もとは1980年代にサッチャーやレーガンの「小さな政府」をめざす政策でしたが、そのうち資本主義の悪い面をさす言葉になり、今は意味がはっきりしません。

日本では小泉政権で竹中平蔵さんのやった改革を新自由主義と呼んで攻撃する人が多いのですが、実際には日本の財政支出(一般会計歳出)は小泉内閣でもほとんど減っていません。

安倍政権も、最初のうちは規制改革を打ち出していましたが、反対が多くてうまく行かないのでやめてしまい、後半は「一億総活躍」や賃上げ要請などの分配政策になりました。

Q2.新自由主義を転換するってどういうことでしょうか?

これは海外でも左翼政権がよくいうことで、「新自由主義は格差を生み出すから、金持ちから税金をとって貧乏人に分配しよう」という話です。岸田さんは金融所得の課税強化をするといっています。お金持ちからとった税金を、このパネルに書いてある「住居費・教育費支援」などにまわして、格差を是正しようということだと思います。

日本の所得税は、年収4000万円の人の税率が一番高く、それ以上は税率が低くなる逆進性があります。この原因は、お金持ちの利子や配当の税率が20%の分離課税になっているためなので、この税率を上げるようです。これを岸田さんは「成長と分配の好循環」と呼んでいます。

Q3. 好循環ってどういうことですか?

お金持ちはあまりお金を使わないので、彼らから税金をとって貧しい人に分配すると、そのお金を使うので消費支出が増え、それによって経済が成長すると分配も増えるという話です。

この「好循環」は安倍政権でもいわれたことですが、うまく行きませんでした。日本経済があまり成長しなかったので、その分配も増えなかったのです。パイが大きくならないと、それを平等にわけても、みんな平等に貧しくなるだけです。

Q4. 岸田さんは「株主資本主義を見直す」といってますね?

岸田さんの「新しい資本主義」は、いわゆるステークホルダー資本主義をめざしてるんだと思います。これは株主だけではなく、労働者や消費者や地元住民などの利益も考えようという話です。

これも新しい話ではなく、1980年代には「日本は労使協調のステークホルダー資本主義で成功した」とか「日本企業は人間を大事にする人本主義だ」などとほめる経営学者がいましたが、90年代に日本の会社がおかしくなると、いなくなりました。

日本の会社はすべての人間を大事にするわけではなく、大企業に定年までつとめる正社員を大事にするしくみなので、終身雇用や年功序列で正社員を守りますが、パートやアルバイトなどの非正社員には冷たいのです。

Q5. でも日本の雇用は安定してますね?

8月の完全失業率は2.8%で、コロナ後の大不況でもあまり上がっていません。これは世界的にみても低く、就業人口も減っていません。

これは労働者の4割がパートや契約社員などの非正社員になったからで、労働時間は減っています。正社員は手厚く守られていますが、非正社員はいつでも「雇い止め」できるので不安定で、賃金も正社員のほぼ半分です。

Q6. なぜ雇用が増えているのに賃金が下がるんですか?

それは正社員の雇用を守るために労働組合が賃下げを認めているからです。おかげで次の図のように、1990年代後半から日本の実質賃金(ドルベースで比較した賃金)は10%ぐらい減っています。これが格差の最大の原因です。

経済学の最初でならうように、需要が供給より少ないと価格が下がります。労働サービスの価格が給料ですから、正社員の需要が減ったら、給料が下がるのは当たり前です。非正社員の賃金は上がっていますが、もとが低いので全体には下がっています。

Q7. でも企業はもうかって株価は上がってますね?

日経平均株価に入っているグローバルな大企業の業績は好調です。トヨタもソニーも史上最高益を記録しましたが、その利益のほとんどは海外法人で上がっているので、国内の雇用は増えません。図のように、昔は経常収支の黒字は貿易収支(輸出代金)だったのですが、2010年代にはほとんどが所得収支(海外法人の利益)になったからです。

日本の国際収支(億円)日銀

よい子のみなさんにはむずかしいと思いますが、所得収支の黒字はGNP(国民総生産)には入るのですが、GDP(国内総生産)には入りません。企業の株主利益は連結決算なのでGNPベースですが、国内の雇用には反映されないのです。これが日本企業のグローバル化が進んだ2010年代に、企業収益が上がるのに賃金が下がり、格差が拡大した原因です。

Q8. この格差は岸田さんの分配政策でなおるんでしょうか?

残念ながらなおりません。根本的な原因は、日本の人口が減って市場が小さくなる一方、アジア市場が大きくなり、賃金もアジアのほうが安いからです。

これは水が高い所から低いところに流れるようなもので、水位が同じになるまで止まりません。この水位差がなくなるのは20年以上先ですから、それまで日本国内の賃金が下がることは避けられないと思います。

Q9. 格差をなくすにはどうすればいいんですか?

グローバル化が進むかぎり、日本の賃金がアジアの水準に近づくのを防ぐことはできません。これは国内では格差の拡大ですが、世界的にはアジアの貧しい労働者の賃金が上がることですから、それを防ぐべきでもありません。

グローバル化を止める方法は、保護貿易しかありません。岸田さんが重視する「経済安全保障」は、先端技術の情報が中国に流れるのを防ぐ保護主義の一種ですが、日中の経済交流が弱まると日本企業の収益が悪化するでしょう。極右のみなさんは中国を敵視していますが、日中関係はそれほど簡単な問題ではないのです。

Q10.財政出動で格差は埋められるでしょうか?

グローバル化による格差は構造的なものですから、財政ではなおりません。今は20兆円ぐらい需要不足があるので、財政赤字を気にする必要はありませんが、財政支出は一時しのぎの需要の先食いですから、構造問題の解決にはなりません。岸田さんはリフレとかMMTなどのいかがわしい話とは縁を切るでしょう。

でもその代わりに民主党政権みたいな分配政策で結果の平等を求めても、企業が日本から逃げ出して日本経済が縮むだけです。むしろ企業のグローバル化を進めて収益を上げ、それを税金で還元して最低保障年金のような形で再分配する河野太郎さんの案が合理的だと思います。