アルゼンチン人の米ドルでのタンス預金は2300億ドルに。
自国の通貨を信頼しないアルゼンチン人
9月28日付の「ABC」の記事の見出しに「アルゼンチン人のマットレスに(隠された)米ドルは2300億ドルを超える」と記載されていた。
アルゼンチン人が唯一信頼を寄せている通貨は米ドルだ。そして銀行は全く信頼されていない。アルゼンチン国家統計局(INDEC)によると、今年第2四半期までに隠されている米ドル紙幣の総額は2333万2300ドルになると推測されていることを同紙は報じている。
例えば、現在アルゼンチンはIMFから450億ドルの負債を背負っているが、アルゼンチンが隠している総額はその5倍に相当するものになる。また、それは自国のGDPのおよそ55%に相当する額だ。
米ドル紙幣の隠し場所
これまで伝統的に良く言われていたのは「マットレスの下に米ドル紙幣を隠す」ということだった。しかし、この隠し方は余りにも一般化していることから容易に見つけられ易いという観念が手伝って、今ではそれを隠すのに色々と思考が巡らされている。その具体的な例を挙げると、次のような場所に隠されていると同紙は指摘している。カーテンの裾を折る、取り外しできる床のパルケット、ごみ箱の底が二重になっている、無垢の扉の中が太鼓になっている、といった場所だ。最近、人気があるのはあたかも洗剤の容器に見えるが、実はそれが貯金箱になっているという代物だ。
昨年の記事だが2月28日付にて「アメリカ・エコノミカ」は43歳の弁護士エウヘニアさんの例を挙げている。彼女は給与が支給されると、早速それを米ドルに両替してバスルームに隠しているそうだ。彼女が曰く「泥棒は私からよりも銀行から盗んでくれることを望んでいる」そうだ。
或いはタックスヘイブン国のオフショア口座や銀行の貸金庫を利用するといった場合もある。しかし、この場合は費用が掛かるし、少額では意味がない。一般の家庭ではそこまでして米ドルを隠すには及ばない。
自国の通貨を信頼しない理由
ではなぜアルゼンチン人は自国の通貨ペソを信頼しないのであろうか、という疑問に答えて以下にそれを箇条書きにて説明しよう。
①常に高騰インフレというのが主要な理由だ。1945年から1975年までの年間のインフレは平均して20%だった。1975年から1985年は100%を上回っていた。1989年と1990年はそれぞれ3079%と2314%だった。(2018年5月13日付「ラ・バングアルディア」から引用)。
そして2010年から2019年は年平均31%。昨年のインフレは37%、今年は50%近くまで上昇することが既に予測されている。
②自国通貨ペソで預金していると、これだけの高騰インフレの前に預金の実質価値が下がることになる。それを回避するには米ドルを持つのが一番安全というわけだ。
2020年12月3日付「ドイチェ・ヴェレ」が2015年から2020年までの米1ドルのペソ対価を示している。2015年に1ドル対12.99ペソであったのが2020年には78.04ペソまで価値が下落しているのである。
そして今、2021年10月に入って1ドルは98.62ペソまで下落している。これからインフレがさらに上昇して行くにつれて対米ドルの前にペソはさらに値下がりすることになる。
このような事態を前にアルゼンチンの市民はペソへの信頼を失い米ドルをできるだけ貯めようとするのは当然の成り行きである。
外貨が常に不足している国
アルゼンチンの企業モリクセ(Morixe)社のイグナシオ・ノエル社長が地元紙「イ・プロフェシオナル」とのインタビューで「アルゼンチンは貧困者を生む工場だ」と述べている。
インタビューの中で彼が指摘しているのは、アルゼンチンは慢性的に外貨が常に不足しているということだ。
一般に外貨を稼ぐには輸出や外国からの投資である。輸出についてはこれまでのアルゼンチン政府は輸出に税金を設けたり規制を加えたりして商品の輸出競争力を削ぐ傾向にあるということ。そして外貨不足が理由で商品の外国からの輸入にも規制を設けようとする。例えば、ある商品の価格がインフレで上昇すると、それを抑えるべく輸出向けの商品を国内に向けさせて供給過剰を生んで市場で価格が下がるようにするといった常識では考えられないことをアルゼンチン政府はこれまでやって来たのである。しかも、輸出への取り組みに欠けて来たことから一般に生産コストが他国に比べ割高だ。
外国からの投資についてもアルゼンチンの高いインフレと金利の前に外国企業の投資への関心を削ぐ傾向にある。更に外貨が不足する傾向にあるのは重なる負債の返済でドルが必要になることである。