萩生田経産大臣には「国家百年の計」を期待

「原子力、再稼働を進めていく」

萩生田光一経済産業相は、エネルギー政策に関する限り、まずは無難な一歩を踏み出しました。読売新聞は次のように伝えます。

脱炭素社会の実現に向けて、あらゆる選択肢を追求していくことが重要だ。安定かつ安価な電力供給や気候変動問題への対応を考えれば、原子力の利用は欠かすことができない。安全確保を大前提に、地元の理解を得ながら再稼働を進めていく。(改行)現時点では「原子力発電所の新増設、建て替えは想定していない」というこれまでの政府方針を踏襲する。(使用済み核燃料を再利用する)「核燃料サイクル」は、高レベル放射性廃棄物の有害度を低減するなどの観点から、推進する。(改行)東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出するという(菅内閣の)決定は、安全性や風評被害の懸念がある中で重い決断だった。地元自治体や漁業者の声をしっかりと受け止め、懸念を払拭できるように取り組んでいく。

(読売新聞2021年10月6日8面『閣僚に聞く』より引用、太字は筆者)

前政権がレピュテーションリスクを厭わず前進させた現実的な政策は堅持しつつ、非現実的な前環境相らの原発に対する尖った見解はそぎ落とした安定感にあふれる見識が印象的な第一声でした。

文部科学大臣から休むことなく経済産業大臣となった萩生田大臣には、目の前の課題対応にとどまらず、人と産業に関する『国家百年の計』を打ち立てて頂きたいと願っております。萩生田大臣だからこそ託すことができる希望を表明します。

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萩生田文科大臣といえば「土壇場での共通テスト改革見送り」

それは衝撃的な決定でした。2020年度の実施に向けて準備が進んでいた2019年11月、文部科学省は大学入試共通テストにおける英語民間試験の導入を見送ること(後に中止)を決定しました。11月は「ポイントオブノーリターン(帰還不能点)」を通過する直前ということでしたが、実施が約一年後に迫るなかでの見送り決定であり、何年も前から周到に準備してきた受験生は努力の一部が無に帰す思いに苦しみました。また教育機関と共通テストを管轄する事務局にとっては、対応可能なぎりぎりの変更タイミングであったと思われます。

主題から外れるので本稿ではその詳細な分析と評価は行ないませんが、筆者個人の評価は「中止は是」です。とはいえ現実の手法に難があっただけであり、改革の理念自体には賛成でした。実際に学校の英語教育に変革をもたらした功績も大きかったと見ております。

注目したいのは、ことの是非よりも「既定路線」「決定済み事項」を覆した大臣の決心についてです。この点において筆者は萩生田大臣に「外柔内剛」、良い意味で「日本的ではない」強いリーダーシップを見出します。

あるべき政策判断基準は「国益>省益」

当該「入試改革」には実務上未解決なままの問題点も多く残っていたので、強い懸念を抱いておりました。異論はあると思いますが、仮に「改革」を強行した場合には混乱が起きたであろうことも予想できました。そしてその代償は、最終的には受験生が負担させられたことでしょう。

しかし萩生田大臣のリーダーシップで改革は中止されました。確かに「改革見送り(中止)」による混乱はありましたが、受験生つまり国民の一部にとって「改革見送りで被った損失」は、「改革遂行で被るはずだった損失」よりも小さかったのではないかと考えております。(個人的見解)

しかし日本の(省庁などの)組織では一般的に、意思決定に際しては、第一義的な「戦略合理性」(国民の利益)よりも「組織の決定」「組織の誇り」「先任者の威信」「もう決まったことだから」など、「組織の都合」を優先させることが多いのではないかと推定されます。しかもそのプロジェクトの責任が大きいほど、意思決定権者は自分の責任を分散・回避するような行動をとる傾向を感じます。判断基準として最優先されるのは国民の損益ではなく、執行組織や意思決定者の損益(省なら省益)であると推定される事案はこれまで数多く指摘されています。(ただし断定は困難でしょう。)

入試改革プロジェクトは、結果から見れば「中止せざるを得ない」水準の問題を抱えながらも、萩生田大臣以前には実施に向けた動きを止めることができませんでした。歴代の文科大臣の「威信」や、文部科学省自体の「名誉」と「省益」、主導的な役割を果たしてきた事業者側の利益などが存在し、国民の利益より優先されてきたことの傍証でしょう。

従来とは異なり、「入試改革の見送り(中止)」という判断では、「省益」よりも「国益」が優先されたと感じました。この判断基準こそが、本来あるべき姿であろうと思います。

経済産業省と環境省と『脱炭素』

菅政権はおよそ一年という短い期間でしたが、必須の課題である「福島原発事故処理水の海洋放出」など、実に多くの仕事を成し遂げました。たとえ不人気政策であっても国民にとって必要なことであれば、支持率を気にすることなく実行したことに心から感謝しております。もちろん、誰が首相であれ「完全無欠内閣」ということはなく『脱炭素』、とりわけ非現実的な『46%削減』というスローガンに関しては、宿題を残して行きました。

『脱炭素』に関しては、ある視点からは「国際的な環境保護の潮流を知る環境省」vs.「日本経済や産業に対する現実の責務を負った経済産業省」という攻防に見えました。しかし前政権では環境省側に表層的な対応が目立っており、実現性の乏しいスローガンを掲げて環境大臣が何かを演じる様子には鼻白む思いでした。一方の経済産業省にも、数字の辻褄合わせに追われるばかりでなくもう少し気骨(譲らぬ科学合理性)を示して欲しかった、と感じておりました。

当該テーマに関しては、前政権内にいた萩生田大臣ならば既に問題の本質をつかんでいるので、勉強等のアイドルタイムゼロで指導力を発揮されるでしょう。そんな萩生田大臣にはこの際、目先の省益争いではなく、日本の長期的な国益という観点からのエネルギー政策を、行政一丸となって打ち立てて頂きたいと思います。

エネルギー政策は国家存亡をかけた重大テーマ

ところで20世紀を振り返るとき、1941年に日本が南部仏印に進駐したことを契機として、「米国が対日石油全面禁輸措置をとったために日本は開戦に追い込まれた」とされます。しかしそれは近視眼に過ぎる見方でしょう。実際には、それより20年以上も前の第一次世界大戦前後の時期、すでに英国は戦略物資としてのエネルギーが石炭から石油に代わることを(チャーチル海相等が)洞察して、(日本同様に)自分たちの支配圏内には乏しかった油田の確保に動いておりました。今から百年ほど前の時代です。

他方その頃の日本は指導者も国民もマスメディアも、戦艦や補助艦艇の比率のような目の前の軍縮問題に目を奪われて、エネルギー安全保障環境の激変に手を打つのが遅れました。つまり1941年の「石油断絶」という禍根の基礎は20年以上前から発生していたのに気が付いておりませんでした。戦闘艦艇・車両・航空機など、主要な武力の動力源である石油を、仮想敵である米国からの輸入に頼る構造を20年も放置する国策とは一体何だったのでしょうか。

このように、エネルギー政策とはその革新的な変化を迎える際には国家存亡にかかわる大問題なのです。そのタイミングで「洞察力とリーダーシップを持った指導者」がいるかいないかということは、国家の将来を左右する重大な問題です。

2020年代は文字通り「百年に一度」の革新的な変化の時代であり、今やエネルギー政策とは、今世紀以降の日本の運命を握る大命題です。従ってこれは経済産業省や環境省だけの問題ではなく、タブーや聖域を畏れずに、日本の叡智を結集して解を模索して頂きたいと切望致します。

むすび

岸田政権は、このあと選挙という試練を受けるので在任期間は予想できませんが、文部科学大臣から休む間もなく経済産業大臣を担う萩生田大臣には、「人」のみならず「産業」も育てる文字通りの「国家百年の計」を樹立して頂きたいと思います。

「世論(せろん)」や「省益」という皮相的で部分最適な力学になびかない萩生田大臣には、長期的な観点からの強いリーダーシップを期待しております。

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【参考】萩生田光一文部科学大臣の主な仕事

備忘録として、萩生田大臣の文部科学大臣時代の主な業績のうち、筆者にとって特に印象深いものを列挙致します。

  • 大学入学共通テスト、英語民間試験や記述式問題の導入中止
  • 「GIGAスクール構想」推進(学校のICT環境整備)
  • 小学校全学年の35人学級化
  • 「教員免許更新制」廃止
  • 新型コロナウイルス対応
  • 「いわゆる従軍慰安婦」という不適切表現の教科書からの駆逐