ジャーナリストに「ノーベル平和賞」

2021年のノーベル平和賞は8日、フィリピンのマリア・レッサさん(Maria Ressa)と、ロシアのドミトリー・ムラトフ氏(Dmitry Muratov)の2人のジャーナリストに授与されることになった。1935年のドイツの反戦記者カール・フォン・オシエツキー以来、ノーベル平和賞がジャーナリストに贈られるのは初めてだという。

2人のノーベル平和賞受賞のジャーナリストを称えるIPI特別声明(IPI公式サイトから)

ウィーンに事務局を置く国際新聞編集者協会(IPI)から8日、平和賞受賞を祝う特別声明文が届いた。IPIは報道の自由の促進及び保護、報道の実践の改善を目的として設立された世界的組織。1958年設立。120カ国以上が参与している。

IPIのパテル理事長(Khadija Patel)は、「2人は私たちの職業の模範だ。ノーベル平和賞委員会が声明で述べたように、フィリピンとロシアでの表現の自由のための彼らの勇気ある戦いを称えたものだ。彼らはジャーナリストが毎日直面している闘争の物語そのものであり、彼らが日々努力している仕事と闘争への認知は、彼らの勇気が無駄ではないことを証明している」と述べ、「ノーベル平和賞委員会の今回の決定は私たちにインスピレーションをもたらした」と語っている。

マリア・レッサさん(58)はIPIの執行委員会メンバーでもあり、ドミトリー・ムラトフ氏(59)は「ノーバヤ・ガゼ―ダ」(Novaya Gazeta)の編集長だ。IPIは、「フィリピンで最も著名なジャーナリストの1人であるレッサさんは、政府批判の報道により、繰り返し法的な嫌がらせの対象となってきた。彼女は、税金や外国人の所有権に関する法律やサイバー名誉毀損の違反の疑いに関連する多数の訴訟で有罪判決を受けたとすれば、ほぼ100年の懲役に直面するほどであった」と説明。

「ムラトフ氏はノーバヤ・ガゼ-タの編集長だ。ロシアで独立したジャーナリズムの炎を絶やさないために戦い続けてきた。ノーバヤ・ガゼータの闘いが認められ、2009年にIPIフリーメディアパイオニア賞を受賞している。ムラトフ氏は、アンナ・ポリトコフスカヤさんをはじめ同僚の死と対峙しながらも報道を続けてきた」と紹介した。同氏はノーベル平和賞受賞の知らせを受けると、「私の功績ではない。ノーバヤ・ガゼータだ。言論の自由を守るために亡くなった同僚らの功績を称えるものだ」(モスクワ時事発)と語っている。

ジャーナリストへの迫害は激しさを増している。オーストリアの隣国スロバキアで2018年2月25日、著名なジャーナリストが婚約者の女性(Martina Kusnirova)と共に自宅で銃殺されるという痛ましい事件が起きた。犠牲者は政治家や実業家の腐敗や脱税問題を調査報道することで国内で良く知られていたヤン・クツィアクさん(27)だ。犯行現場は西部スロバキアの小村Velka Macaの自宅で、弾丸は頭部と心臓に的中していることから、犯行はプロの殺し屋と見られ、事件は調査報道するジャーナリストへの警告が含まれていたと受け取られた。ジャーナリスト殺人事件は欧州全土に大きな衝撃をもたらした。

また、欧州では2017年10月、マルタでタックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴露した「パナマ文書」の内容を報道した女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチアさん(53)が車を運転中、仕掛けられた爆弾の爆発で殺された。政治家の腐敗や汚職を暴露してきた著名な報道ジャーナリストだったカルアナガリチアさんは、「マルタのムスカット首相の妻らがパナマに会社を置く形で、資産を隠していた」との疑惑を報じていた。

身近な例としては、香港で「国家安全維持法」(国安法)が施行されて以来、香港の「報道の自由」は著しく制限されてきた。中国の全国人民代表会議(全代人=国会に相当)常務委員会は2020年6月30日、香港での反体制派活動を犯罪として取り締まることができる「国家安全維持法」を全会一致で可決した。その結果、香港の民主化運動を推進してきた多くの活動家は「犯罪者」として拘束され、中国共産党政権を厳しく批判してきた「リンゴ日報」の編集員などは逮捕され、コンピューターなどの機材は押収され、経営者は資産を没収されるなどして、発行できない状況に追い込まれていった。「報道の自由」のシンボルでもあったタブロイド版「リンゴ日報」は6月24日に遂に廃刊に追い込まれた。

私たちは21世紀の今日、IT技術の発展もあって無数の情報が溢れ、世界に即流れる時代圏に生きている。余りにも多い情報の中で現代人はその選択に苦慮せざるを得ない。同時に、フェイク情報が氾濫し、真実と偽情報の区別が大きな課題となってきた。その一方、メディアは第4権力として世界の動向に大きな影響を及ぼすまでに肥大化してきている。

ノーベル平和賞のベリット・ライシュ・アンデルセン議長は記者会見で、「世界は多くの報道と情報を持っている。同時に、自由報道や公の言説の乱用や操作が見られる」と指摘し、民主主義と平和を守る毅然としたジャーナリズムの重要さを強調した。

2人のジャーナリストのノーベル平和賞受賞ニュースは、「報道の自由」の尊さと共に、世界の平和実現へのジャーナリストの使命を再確認する絶好の機会ともなるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。