若い政治家はチャットに気を付けて

このコラム欄でも既に報じたが、オーストリアの政界が激変した。セバスティアン・クルツ首相(35)は9日午後7時30分(現地時間)、ニュースのプライムタイに声明文を読み、「政権の安定な継続のため」に首相の座を降り、後任にシャレンベルク外相(52)が就任し、自身は国民党党首に就く意向を表明した。その直後、連立パートナーの「緑の党」コグラー党首(副首相)はクルツ首相の辞任表明を評価し、連立政権を継続する考えを明らかにした。

辞任を表明するクルツ首相(2021年10月9日、オーストリア国営放送の中継から)

クルツ首相を辞任に追い込んだのは、同首相に対して「経済および汚職検察庁」(WKStA=ホワイトカラー犯罪および汚職の訴追のための中央検察庁)が収賄や背任の疑いで調査を開始し、6日には与党国民党本部、財務省などを家宅捜査したことを受け、「緑の党」や野党から「スムーズな政権運営は困難だ」として辞任を要求してきたからだ。クルツ首相は容疑を否定し、政権の継続に意欲を示してきたが、「緑の党」やファン・デア・ベレン大統領からの圧力もあっても、検察庁の容疑が解明されるまで「暫定的に首相ポストから降りる」決意をしたものと受け取られている。

クルツ首相の容疑は、2016年、ケルン社会民主党連立政権で外相を務めていたクルツ氏が当時、自身に有利なように世論調査結果を恣意的に操作するためオーストリアの日刊紙「エステライヒ」に依頼し、財務省からの公金を使って謝礼を払っていたという疑惑だ。その内容はクルツ首相と当時財務省幹部だった友人との間で交わされたショートメッセージ(SMS)の内容から明らかになっている。

クルツ首相は31歳の若さで首相に就任し、欧州の保守派政党の“期待の星”と受け取られ、ドイツのメルケル政権では常にウエルカムされた常連ゲストだった。9月の国連総会に出席したクルツ首相は会合中にもチャットをしている姿がメディアに撮影されるなど、同首相は新世代の代表的政治家だ。そのチャットが結局は自身の政治生命を危険に陥れてしまった。クルツ氏は、「チャットの内容の表現は好ましくないものもあったが、容疑のような意図はまったくなかった」と強調し、検察当局の主張を全面的に否定している。

クルツ氏が後任に選んだシャレンベルク外相は国民党には所属していない無党派外交官だ。クルツ氏の外相時代の最側近の一人だ。野党側は、「シャレンベルク新首相はクルツ氏の操り人形に過ぎない」と批判し、クルツ氏が党、議会を今後も牛耳っていくことを警戒している。

オーストリア国民議会は12日、特別会合を開き、クルツ首相への不信任案を採決する予定だったが、クルツ氏の辞意表明を受け、「緑の党」が不信任案を支持しない可能性が高く、社会民主党、自由党、ネオスの3党の野党では議会の過半数の満たないことから、不信任案が提出されるかどうかは不明。明確な点は、国民党と「緑の党」の連立政権はトップ(首相)が代わるだけで継続されることだ。

第1次クルツ政権(2017年12月~19年5月)は極右政党「自由党」との連立政権だったが、「自由党」党首シュトラーヒェ氏が2017年、スペインの保養地イビザで自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作をうそぶくなど暴言を連発。その現場を隠し撮りしたビデオの内容が2年後の19年5月17日、独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞で報じられたことから、国民党と「自由党」の連立政権は危機に陥り、最終的にはシュトラーヒェ党首(当時副首相)が責任を取って辞任。その後、議会で不信任案が可決され、クルツ連立政権は崩壊し、専門家による暫定政権後、早期選挙となった。オーストリアでは“イビサ事件”と呼ばれている。

第2次クルツ政権(2020年1月~21年10月)は「緑の党」との連立政権だが、今度はクルツ氏自身、背任と収賄の容疑で辞任に追い込まれたことになったわけだ。メディアでは既に“第2イビサ事件”という名称を付けている。

第3次クルツ政権が誕生するか否かは現時点では不明だ。クルツ氏はまだ35歳だ。きっと起死回生の策を練っているだろう。クルツ首相の蹉跌は、若い世代の政治家に「友人とのチャットには気を付けて」という教訓を提供している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。