米製薬会社メルクは11日、新型コロナの経口治療薬「モルヌピラビル」の緊急使用認可をFDAに申請した。同社は駆虫薬として永らく販売している「イベルメクチン」が新型コロナの臨床治療に使われているものの、これへの適用拡大に消極的との印象があった。が、それはさて措き、1日のメルクのプレスリリースと8日の医学誌『Nature』の記事の概要を紹介する。
プレスリリースに拠れば、軽中等症のCOVID-19のリスクのある非入院の成人患者を対象とした第3相試験の中間解析の結果、モルヌピラビル投与患者のうち29日目までに入院または死亡したのは7.3%(28/385例)で、プラセボ投与患者の14.1%(53/377例)と比べて入院や死亡のリスクを約50%減少させ、かつ死亡例はプラセボ投与患者の8例だけだったとのこと。
今回の良好な結果を受けてメルクは、独立したデータモニタリング委員会の勧告およびFDAとの協議を経て本試験への募集を停止し、できるだけ早くFDAに緊急使用許可申請を提出する予定で、世界各国の他の規制機関にも販売申請を行う予定としている。
また全ての有害事象の発生率はモルヌピラビル群とプラセボ群で同等(それぞれ35%と40%)で、薬物関連の有害事象の発生率も同程度だった(それぞれ12%と11%)。かつ有害事象により試験を中止した被験者はプラセボ群(3.4%)に比べ、モルヌピラビル群(1.3%)の方が少なかった。
メルクは第3相試験の結果を見越してモルヌピラビルの見込み生産に入り、21年末までに1,000万コース分を生産、22年にはさらに多くの用量を生産する。本年初に米政府と調達契約を締結、EUAまたは米国FDAの承認を得た後、約170万コースを米政府に供給する。
さらにメルクは各国政府と、規制当局の承認を待ってモルヌピラビルの供給・購入契約の締結を協議している。承認された場合、各国の医療対応の資金調達能力を適時に反映させるため、世界銀行の国別所得基準に基づいた段階的な価格設定を実施する。
また世界的な拡大への取り組みの一環として、既存のジェネリックメーカーとモルヌピラビルの非独占的なボランタリー・ライセンス契約を締結し、100カ国以上の低・中所得国で、現地規制当局による承認または緊急承認後にモルヌピラビルの入手を加速する予定だ。
モルヌピラビルは、COVID-19の原因であるSARS-CoV-2の複製を阻害するリボヌクレオチドアナログの経口投与の治験薬で、エモリー大学が出資する非営利バイオテクノロジー企業Drug Innovations at Emory(DRIVE)で発明され、メルクがリッジバックと共同で開発している。
リッジバックは、メルクから一時金を受け取り、開発と薬事承認のマイルストーン達成に応じて支払いを受ける権利を持つ。同社はフロリダ州マイアミに本社を置く新感染症に特化したバイオテクノロジー企業で、エボラ出血熱治療薬のEbanga TMを販売している。
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次に8日の『Nature』の記事からメルクのプレスリリースを補足する。
抗ウイルス剤は早期処方が効果的で、重症化するほど治療効果が落ちる。今あるレムデシビルと抗体カクテルは静脈内投与や注射薬なので入院前の入手は難しく、レムデシビルは入院患者だけの承認だ。が、経口薬は症状が出たら処方箋をもらって薬局に行くだけなので、早期治療が容易になる。
COVID-19は、コロナウイルスが人間に深刻な影響を与えた初めての病気ではないが、02年から04年のSARSはすぐに終息し、12年のMERSも広がらなかったため、製薬会社がコロナウイルス治療薬を開発する動機にならなかった。それが開発の遅れにつながった。
モルヌピラビルはDRIVEがベネズエラ馬脳炎ウイルスの治療法として開発に取り組み、15年にバンダービルト大のウイルス学者にコロナウイルスに対するテストを提案した。結果、MERSとマウス肝炎ウイルス2というコロナウイルスに効果があることが判った。
COVID19パンデミック発生後、DRIVEはリッジバックにこれをライセンスし、そこでフェレット(実験動物)による実験を行った。その結果、ウイルスの複製能力抑制だけでなく、感染フェレットから未感染フェレットへの感染の抑制も確認した。
モルヌピラビルはレムデシビルと同様にヌクレオチドアナログであり、RNAの構成要素の一部を模倣しているが、この2つの化合物は全く異なる方法で作用する。
SARS-CoV-2が細胞に侵入すると、ウイルスは新しいウイルスを形成するために、RNAゲノムを複製する必要がある。が、レムデシビルはRNAの鎖を作る酵素によってさらに鎖を増やすことを阻止する。
一方、モルヌピラビルは、増殖中のRNA鎖に取り込まれて中に入ると、ヌクレオシドのシチジンに似せたり、ウリジンに似せたりして、構成変化を起こす。そしてそれらのRNA鎖は次のウイルスゲノムの誤った設計図となる。
モルヌピラビルが挿入されて構造変化が起こった場所で突然変異が起こるが、突然変異が蓄積されると、ウイルスの集団は崩壊する(致死的変異誘発=ウイルス自身が変異して死ぬ)。この変異がランダムに蓄積されるため、ウイルスがモルヌピラビルに対する耐性を獲得し難いことが長所とされる。
但し、モルヌピラビルがヒトの細胞内で変異原性を示す(DNAに取り込まれる)可能性があるため、安全性を懸念する研究者もいる。メルクは詳細な安全性データをまだ発表していないが、メルクの担当副社長は「意図したとおりに使用すれば、この薬は安全と確信する」と述べている。
開発中の経口抗ウイルス剤には、レムデシビルの錠剤、第2/3相試験を行っているファイザーの錠剤、ロシュと提携し開発を進めるボストンのAtea社の薬剤などがある。
が、「Drugs for Neglected Diseases」の北米責任者レイチェル・コーエンは「中低所得国が妥当な価格で購入できる状況になるか?」と問う。米政府のモルヌピラビル170万コースの購入価格は12億ドル、これでもレムデシビルや抗体カクテルよりはるかに安いが、まだ高過ぎるという。
メルクはインドのジェネリックメーカー5社とライセンス契約を結ぶなど、低中所得国100ヵ国で製造者が独自価格を設定できるようにするという。が、たとえ購入できたとしても、それを適切に使用するための診断能力があるかどうか、とコーエン氏は懸念する。
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つまり、症状が出てすぐ経口治療薬を投与するのが効果的だとしても、それには患者の迅速な診断が求められ、このことが多くの発展途上国、そして裕福な国にとっても課題になるという訳だ。とはいえ臨床でイベルメクチンが使われているように、経口薬がトータルとして安価な治療法であるに違いない。
思えばこの22ヵ月、マスク争奪戦に始まり、消毒薬やアクリル板に続いてPCR検査利権が生じ、そこへ真打ワクチンが加わった。筆者は「民間」の利益追求は当然と思うが、買い占めやカルテルはまだしも、「公」が見返り目当てで制度化や法制化に絡むことは許されない。
安価で効果的な経口治療薬の登場は、PCRやワクチンの旨味を細らせるだろう。おそらくメルクは「イベルメクチン」より儲かる「モルヌピラビル」でファイザーから旨味を奪う。そして経口薬には、ワクチンの接種義務化や証明書などを巡る社会分断の救世主になる可能性もある。
トランプのオペレーションワープスピードの成果を横取りしたバイデンは、ワクチン製造技術の無償提供を声高に叫んだ。が、「ウイルス起源調査」と同様「言うだけバイデン」に終わった。低中所得国が安価で入手出来るようにするという、メルクの取り組みの実現を注視したい。