「アルムナイ」を活用し、大企業はパナソニックの希望退職に続け

小寺 昇二

kazuma seki/iStock

最近の企業の労働市場に関するビックニュースと言えば、「パナソニックが9月末に実施する早期希望退職に、1,000人を超える応募があったことがわかった。」(9月24日日経新聞)というニュースでしょう。

パナソニック、希望退職に1000人超 事業転換推進 - 日本経済新聞
パナソニックが9月末に実施する早期希望退職に、1000人を超える応募があったことがわかった。国内従業員数の1%以上に相当する。2022年4月の持ち株会社制移行で社員に求められる技術や専門性が変わる中、従来のモノ作りに偏重した人材の新陳代謝を進める。7月から8月まで早期退職の募集を実施した。勤続10年以上の社員が対象で6...

他紙に先駆けたこの日経の記事を受け、6月に社長代表執行役にも就任した楠見CEOは1日開かれたオンラインの記者会見でコメントしています。以下NHK Webからの引用。

エラー|NHK NEWS WEB

「早期退職のねらいについて、『組織の再編で仕事のやり方やポジションを変えるのは会社の都合で、それが合わない社員に再スタートを切ってもらおうという制度だった』と述べました。そのうえで、退職を選んだ社員の中には、将来の活躍を期待していた人材も含まれていたとして、『会社が目指す姿を明確に発信していれば、期待していた人まで退職することにはならなかった』と述べ、組織再編や早期退職について社員への説明が不十分だったという認識を示しました。」

10年前の時価総額が共に3兆円程度であったパナソニックとソニーですが、10年の年月を経て、パナソニックは10年前とそれほど変わらない3.3兆円程度、方やソニーは17.5兆円(執筆時の11/9終値)と、パナソニックは14兆円の差を付けられ、ソニーの5分の1の規模の会社になってしまっているのです。

CMOSイメージセンサーやゲーム機といったはっきりした稼ぎ頭が絶好調で、一時の不振から完全に復調したと見られているソニーに対して、2021年3月期でも2,500億円程度の営業利益を出しているものの稼ぎ頭も不明確、選択と集中も不十分と株式市場で評価されているパナソニックの構造改革を託された楠見CEOが組織の再編、そしてそれに伴うという理由で希望退職を募ったことは理解できないことではありません。むしろポジティブに見るべきでしょう。

しかしながら、上記の楠見CEOの言は、弁解がましくいただけないな、と感じます。

高い退職金で希望退職を募れば、どんなに上手に説明しても、優秀な人財ほど、よっぽどの引き留め工作をしない限り社外流出してしまうのはこれまでの日本企業における希望退職の数多の前例を見れば明らかです。

同様に、このニュースに対するメディア上の論調も、希望退職を行ったこと自体にネガティブな印象を植え付けるようなものばかりで、日本の産業社会の復活を願う者として、残念です。

解雇が容易に出来ない法制の日本の企業社会では、それなりの利益を挙げている大企業が、選択と集中によって人員を減らす、または新たな採用との入替を行うためには、割増金を多めにした希望退職以外にないと言っていいでしょう。

むしろ、グローバルな競争から置いていかれている日本の大企業が、本来であればもっとドンドン実行しなければならない選択と集中を進めていくことは日本の企業社会の強靭化に繋がる好ましい動きであり、同様に一向に進まなかった人財の流動化が現状よりも大きく進んでいくことは企業の構造改革のみならず、大企業で燻っている中高年社員を始めとする優秀な社員の幸せ、ウエルビーイングに繋がることのはずなのです。

例えば、最近脚光を浴びている「ジョブ型雇用制度」も、仕事と社員のスキルや資質とのミスマッチを解消し、人財の流動化を進めるものであることを企業やメディアは認識する必要があります(この点については筆者連載Webメディアである「HRプロ」の拙稿参照)。

話は全く変わりますが、サッカーの世界、特にビッグクラブと言われるスペインのレアル・マドリッドやバルセロナ、イングランドのリバプールやマンチェスター・シティなどでは、若手の有望な選手と契約し、自チームではまだ経験不足で使えない期間、格下のチームに「期限付き移籍」を行って格下のチームで実際にゲームに出場しながら育成していくことが常態化しています。日本サッカーの期待の星、レアル所属の久保建英が好例ですね。

つまりチーム外に出して、育成が上手くいかなかったり、移籍先が気に入ってそのまま帰って来ない選手もいたりしながら、選ばれた選手だけが順調に実力を伸ばし、チームに戻ってきてレギュラーを張る・・・チームは期限付き移籍中の選手を常にウォッチし、チーム外とチームが繋がって育成していくというシステムが出来上がっているわけです。

企業社会で似たようなものが「アルムナイ」です。

ある会社を辞めたあとも、OB、OGが繋がって、情報交換をしながら助け合っていくのですが、外資の中では、コンサルティングで著名なアクセンチュアのように、この仕組みを戦略的に活用し、常に退職した社員と連絡を取り合いながら、復職の道も用意するということも頻繁に行っている会社があります。

日本でも、比較的小ぶりの会社であればそういうことも良くある話です。

日本の企業が希望退職でも何でも良いのですが、退職した社員とは常にコンタクトを取って、互いに利害が一致すれば積極的に復職してもらうという流れが出来れば良いのではないかと思っているわけです。いわば、社外にも人財育成のプールを持つと言うこともできるでしょう。

退職ということをネガティブに捉えない意識革命によって人財の流動化が、日本企業の構造改革には絶対的に必要であり(例えば、日経ビジネスでのフェルドマン氏のコメント)、そのために資する仕組みになり得るのです。

話をパナソニックに戻しましょう。

役員に、社外からの人財をここ最近積極的に登用しているパナソニックなのですから、楠見CEOは再度会見を開いて以下のようなコメントを出しては如何でしょうか?

「先日の会見の内容を訂正したい。残念ながら退職された社員の皆さんとは今後も繋がるパナソニックアルムナイを結成することにする。今後は日本企業の人財流動化による産業社会の活性化を促進し、日本企業の構造改革のリーダーシップを執れる会社になれるよう精進していく」

と・・・・。

他の日本の大企業も、「希望退職+アルムナイによる人財のプール化」によって「人財の流動化+構造改革」を達成すべきではないでしょうか。