「イラン核合意」救済最後のチャンス

イランの核協議が29日、ウィーンで再開する。同協議は今年6月、合意できずに休会して以来、5カ月ぶりの再開となる。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)では核合意締結国がイランの核合意復帰に向けて協議を重ねてきた。

イラン核協議に参加する加盟国の国旗(IRNA通信から)

アリ・バゲリ・カー二氏が率いるイラン代表団は27日ウィーンに到着すると、ロシアと中国の両国代表と早速予備交渉を行った。また、欧州連合(EU)のエンリケ・モラ主席調整官ら専門家レベルでの二国間および三国間協議は28日始まった。

IAEA関係筋は、「今回のウィーン会合でブレークスルーすることは期待できない」と悲観的な見通しを述べる一方、「米国が対イラン制裁の一部を緩和、それに対し、イランが核開発の一部停止に応じるならば、暫定的な合意は可能かもしれない」と語った。その場合でも、「来年春からの本格的な交渉のための時間稼ぎの性格が強くなる」と説明している。

イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結された。しかし、トランプ米大統領(当時)が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明。それを受け、イラン側は濃縮ウラン活動を再開し、核合意の違反を繰り返してきた。

バイデン米政権はイランがJCPOAに復帰することを願い、イランとの間接的な交渉を行ってきたが、イランで保守強硬派のライシ大統領が誕生し、イラン指導部で反米・反イスラエル路線が台頭してきているだけに、交渉は更に難しくなってきた。

イランは核合意が無効になったとし、JCPOAの核合意を一つ一つ違反してきた。同国は19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。

米国はウィーンの核合意への復帰条件として、①テヘランの核開発計画を停止し、核合意締結前に戻す、②イランの中東地域(シリア、イエメン、イラク、レバノンなど)でのテロ組織への軍事支援を中止させる―の2点だ。一方、イラン大統領選で当選した強硬派のライシ師は米国との軍事衝突を願っていない。目的は米国の対イラン制裁、金融制裁、原油輸出禁止など制裁の全面的解除を勝ち取ることだ。

米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を大きく失う一方、国内では精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命以来、同国は最大の危機に陥っている。そこに中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、国民は医療品を手に入れることすら難しくなっている。国民の不満がいつ暴発してもおかしくない状況だ。大統領選で投票を棄権した多くの国民は政治に無関心になってきている。ライシ師が国民経済を早急に再生しない限り、イランの国力は衰退してしまう。

米国は今年4月から6月の間​​にイランとの間接交渉を既に6回行った。強硬派で聖職者のエブラヒーム・ライシ師がイスラム共和制の大統領に選出された後、新しいイラン交渉団は、2017年以降に米国とEUによってイランに科された全ての制裁解除を要求。新たに核合意が実現した場合、「米政権が交代したとしても、その核合意が継続される保証」を求めている。

なお、バイデン米政権はイスラエルの動向に神経を使っている。ベネット政権にとってもイランの核開発計画問題は最大の外交問題だ。イランの核開発はサウジアラビア、エジプトにも波及するから、イランの段階で核開発を止めない限り、中東には核開発を目指す国が続々と出てくる危険性がある。中東で唯一の核保有国イスラエルの軍事的優位性を維持するためにもイランの核開発は停止させなければならない。バイデン政権がイランの核開発計画をストップできないと分かれば、イスラエルは軍事力を行使して冒険に出る可能性も排除できない。そうなれば、イスラエルとイランの軍事衝突という最悪の事態が生じる。バイデン政権はイスラエル側の自制を得るためにも、イランとの交渉では中途半端な妥協はできないわけだ。(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。

ただし、再選出馬の意欲を表明したバンデン大統領の米国内の支持率は低下、民主党も同様だ。バイデン氏としてはイラン核協議で合意して外交ポイントをあげたいところだろう。それだけに、イラン側に不要な譲歩をしないか、という別の懸念も排除できない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。