岸田新首相と「北東インド」での印日協力(ジャガンナート・パンダ)

マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー 

ジャガンナート・パンダ

中国、ネパール、バングラデシュ、ブータン及びミャンマーと国境を接している北東インドは、かつての第二次世界大戦の舞台から現在のインド太平洋への経済回廊となり得る場所であり、印日関係の焦点となる重要な地勢であり続けた。これは、戦後における日本と北東インド間の複雑さともリンクしている。同時に、日本によるイノベーション及びインフラ投資は、インドの「アクト・イースト政策(Act-East Policy:AEP)」にとって不可欠な要素である。このような状況において、印日の「戦略的グローバル・パートナーシップ」は、岸田文雄首相の新たなリーダーシップにおける北東インド協力への野心に対してどのような未来をもたらすのであろうか。

Igor Vershinsky/iStock

地域で最も突出した開発協力提供国で、経済多国間主義の確固たる提唱国としての日本の役割は、日本政府の地域外交を堅固に支えるものとして長年に亘って発展してきた。1977年8月の「福田ドクトリン演説」で、日本は東南アジアとの政治経済的な関係を発展させることを中心に、ASEANとより緊密な関係を築く重要性を公式の場で強調した注1)。日本がメコン地域の発展を念頭に、2015年までのASEAN向けの協調的な単一市場を想像していたのはこの時であった。

より重要なことは、日本はこの地域をより良く把握するために、米国の同盟機構外のアジア諸国との参画を想定していたことである。東南アジア及び東アジアを視野に入れることで、インドと共に北東インドへの参画を日本が進めることは、この40年間に亘る円熟した外交の1つの足跡である。

この点において、元外務大臣である岸田首相が政権を握ったことは、日本が長年行ってきた外交活動の強化という前向きな兆候として現れるものである。「(前政権からの)継続のリーダー」という菅義偉前首相のイメージとは異なり注2)、岸田首相は長年に亘る外交経験から「コンセンサス・ビルダー」としても認識されている注3)。すでに岸田首相は、安倍晋三元首相の功績の継承に前向きな姿勢を示しており、「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific:FOIP)の実現は重要な優先事項であり課題である」と述べている注4)

インドのAEPと日本のFOIPの背後にある価値体系の補完は、連結性に最も重きが置かれており、印日両国の自然な関係構築にとって好都合である。この点において、日本と北東インド間の連結性を目指すことは、これが成功した場合、連結性の拡大のためにインドが目指している「大陸的繋がり」に一歩近付くことになるだろう。

このように、安倍元首相の功績を岸田首相が支持していることは、印日間の北東インドへの野心にとって極めて重要である。何故なら、2014年9月のモディ首相の東京訪問中、インドと日本は連結性とインフラ発展を強く訴え、北東インドを相互利益のあるものとして形成することを公式に選択したのは、安倍・モディ間の強固な連帯意識の下であったからである注5)

特に、北東インドは長い間インドを悩ませている戦闘活動によって傷付いていることから、この地域におけるインフラ整備への日本の参画を歓迎することはインドにとって大きな政治的主張であった。

更に、インドの「質の高いインフラパートナーシップ(Expanded Partnership for Quality Infrastructure:EPQI)」とAEPを通じて、日本はインドを発展させる経済支援国としての強固で信頼できる足跡を残し、印日両国が特に北東インドに対して共有しているパートナーシップを強化した。日中関係が緊張している時期に菅前首相を引き継ぎ、岸田首相が世論によって中国政府に対してより強硬な姿勢を取る可能性がある中、中国の目の前におけるこのような印日両国間の協調によって、その足跡は大いに意義深いものとなる。

2021年2月、鈴木哲(さとし)駐インド大使は北東インドを訪れ、ジャイシャンカル外務大臣と共にシンポジウムに参加した注6)。ここでは印日戦略パートナーシップの重要性が強調された一方で、北東インドが果たす重大な役割が大きく注目された。

特に、アラビア海から南シナ海に跨る大陸を結び付け、アジアの連結性の将来を形成する役割を担うのがアッサム州である。この州はこのような連結性の「合流点」や「支点」と見做されており注7)、これまでインドを日本及び韓国と結び付け、それ故に東アジア経済との連携構築におけるインドの価値を歴史的に証明してきた。鈴木大使が「北東インドは、インドのAEPと日本の自由で開かれたインド太平洋構想が交わる場所に位置している。『自由で開かれている』ことは、ここアッサム州では極めて重要である」と明言したことの意味は大きい注8)

このように、インド政府はアッサム州、そしてより広範な北東部を、日本やベトナムと同様に陸海空を通じてミャンマー、バングラデシュ及びブータンと結び付けようとしている。日本のODA(政府開発援助)でブラマプトラ川に建設中である長さ20kmのドゥブリ-プルバリ橋注9)や、アッサム州をブータン及びバングラデシュと繋ぐ内陸水路プロジェクト注10)、インド周辺国への送電及びインド周辺国からのアッサム州を通じたビハール州への送電を担う送電網注11)、ラオス及びベトナムへの延伸も見込まれるインド・ミャンマー・タイ間の三国間高速道路注12)が、このような目標達成に向けた事業に含まれている。

更に、インドのAEPと日本のFOIP構想との連携は地域の発展を大幅に促進するものである。例えば「印日アクト・イースト・フォーラム」は、連結性、インフラ発展、工業連結に関するプロジェクトといった北東インドの経済近代化プロジェクトを確認し、ミャンマー及びバングラデシュとの協力を拡大するためのプラットフォームを提供している注13)

アッサム州グワーハーティー市の給水プロジェクトやアッサム州とメガラヤ州を結ぶ道路網など、日本はすでに多様なプロジェクトに投資しているため、この地域におけるパートナーとしての地位を自ずと確立させている注14)。更に、インドへの最大援助供与者であるJICA(国際協力機構)は、他の輸送プロジェクトにおいてインド政府と提携している。

例えば、北東州道路網連結性改善事業注15)や、デリー、ムンバイ、ベンガルール、チェンナイ、コルカタ及びアーメダバードでのメトロ建設事業、デリー首都圏からムンバイに至る西回廊貨物専用鉄道、ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業などがある。それでも(主にJICA資金による)北東インドでの多くの印日間事業は、インド国内の他地域での二国間提携を上回っており、新型コロナウイルスで経済が低迷した時期でさえ、JICAは北東州道路網連結性改善事業(フェーズ4)に対して98億インド・ルピー(約149億円)の有償資金協力を実施した。

更に、2017年9月13日から14日の安倍元首相の訪印時に発表された共同声明では、北東インド内外への投資と協力に対する日本の意図が再確認された注16)。この趣旨は2014年から2016年での共同声明でも言及されている。2017年まで、岸田首相は安倍政権の外務大臣を務めており、安倍・モディ時代における北東インドへの注力に岸田首相が当時果たした大きな役割を思い出すことが非常に重要である。同時に、中国は長い間、北東インド、そしてインド太平洋全体で印日両国が持つ親和性が優位にあることを注視している。2017年に中国外務省は、中国はインドと国境東部地域で争っており、北東インドでのいかなる外国投資にも反対することを表明した注17)

だが結局のところ、今日の日本による投資は、環境から輸送分野に至るまで北東インドの州全体で目にすることが出来る。この地域での広範な日本の関与は、インドの明確な開放性と日本政府に対する信頼だけでなく、他地域における日本との協力の可能性をも反映している。重要なことは、中国が(印中が衝突した)アルナーチャル・プラデーシュ州と東シナ海を豊富な資源がある重要な地域と見做しているにも拘わらず、印日間のパートナーシップが盛んになっていることである。また、北東インド地域が東南アジアに近接していることも支えとなっている。

更に、日本のインドとのEPQIは、特に投資と連結性の改善において、中国のこの地域における一帯一路への挑戦となっている。実際、日本のEPQIと中国の一帯一路は競合する計画であり、どちらも同じようにインド太平洋におけるネットワークと連結性の枠組みを軸としているため、影響力を行使しようとする者にはベンガル湾と東南アジアが一触即発の地点となっている。

このように、国内及び地域の不安定な状況における日本の政治経済の将来のために、岸田首相は北東インドにおける印日の関与が独自の協調モデルであることを明確にしなければならない。広範なインフラ活動に日本を歓迎するインド政府の透明性は、中国がいかに自信を見せようと、インド政府の不可欠な確固たる態度を示すこととなる。そして安倍時代の外交に立ち戻ることは、北東インド、そしてそれを越えてインドと日本がしっかりと前進し続けるための重要なステップなのである。

ジャガンナート・パンダ
マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー。専門は、中国とインド太平洋安全保障関係、特に東アジア、日本、中国、朝鮮半島。イギリスの出版社ラウトリッジのRoutledge Studies on Think Asiaの編集者でもある。2018—2019年にかけて日本財団と韓国財団フェロー。日中韓シンクタンクダイアローグのthe Track-II、Track 1.5にも参加。インド国際法外交学会より、2000年にV. K. Krishna Menon Memorial Gold Medalを授与される。

注1) “Speech by Prime Minister Takeo Fakuda”, Database of Japanese Politics and International Relations, August 18, 1977
注2) Ryotaro Nakamaru, “Suga becomes Japan PM, forms continuity Cabinet as Abe era ends”, September 17, 2020
注3) Anthony Kuhn, “An Uncontroversial Consensus Builder Is Poised to Become Japan’s Next Leader”, npr.org, September 29, 2021
注4) “Excerpts from Japan’s new LDP President Kishida’s victory speech”, The Japan News, September 29, 2021
注5) “10 highlights of Modi’s visit to Japan”, India Today, September 3, 2014
注6) “Ambassador Suzuki Delivered a Speech in Guwahati, Assam with External Affairs Minister Jaishankar”, Embassy of Japan in India, February 15, 2021
注7) Elizabeth Roche, “India, Japan see Assam as hub to link SE Asia: Jaishankar”, Livemint, February 15, 2021
注8) “India’s North East can help shape Asia’s future, says Japan”, India Narrative, March 05, 2021
注9) “Foundation Laying Ceremony for the Dhubri-Phulbari Bridge, supported by Japanese ODA loan”, Embassy of Japan in India, February 18, 2021
注10) Dipak K Dash, “India connects Bangladesh to Bhutan, through waterway”, The Times of India, July 13, 2019
注11) “Interconnection with neighbouring countries”, Ministry of Power, Government of India
注12) Manoj Anand, “Steps on to complete India-Myanmar-Thailand Trilateral Highways”, Deccan Chronicle, October 6, 2020
注13) “Launch of India-Japan Act East Forum”, Ministry of External Affairs, December 05, 2017
注14) Bikash Singh,”Japan to invest around 13,000Cr in various projects in India’s NE states”, The Economic Times, June 12, 2019
注15) “Operations and Activities in India”, Japan International Cooperation Agency, January 2018
注16) “India-Japan Joint Statement during visit of Prime Minister of Japan to India (September 14, 2017)”, Ministry of External Affairs, September 14, 2017
注17) Sutirtho Patranobis, “China reacts to India-Japan cooperation in northeast, says no room for ‘third party’“, Hindustan Times, September 15, 2021


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年12月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。