リスクって何?

池田 信夫

岸田首相はリスクという言葉が好きですね。新型コロナの「オミクロン株」の感染を防ぐために外国人の入国を全面禁止する水際対策についても「未知のリスクに対して、慎重の上にも慎重に対応する」と、延長する姿勢をみせていますが、本当にそれでいいんでしょうか。

Q1. リスクって何ですか?

これは単なる「危険」ではありません。経済学では次のように、リスクを期待値としてあらわします。

リスク=ハザード(1回の被害)×被害が起こる確率

たとえば自動車より飛行機のほうがリスクが大きいと思いがちですが、これは1回の事故のハザードが大きいための錯覚です。戦後の航空機事故の死者の合計は約1700人ですが、自動車事故の死者は約60万人。自動車の死亡リスクは飛行機の350倍なのです。

Q2. 新型コロナのリスクはどれぐらいですか?

次の図は日本人の死亡する原因ですが、圧倒的に大きなリスクはタバコ(喫煙)で、毎年約13万人が死んでいます。病名としてはガンが最大です。

日本人の死亡リスク

今年のコロナ死者は約1万5000人ですから、タバコの1/8。飲酒のリスクの半分ぐらいです。岸田さんが日本人の死亡リスクを減らしたいなら、外国人の入国よりタバコを禁止したほうがいいのです。

Q3. リスクを最小にすべきでしょうか?

最小にしてはいけません。たとえば交通事故で死ぬ人は毎年2500人ぐらいですが、これをゼロリスクにするのは簡単です。自動車を禁止すればいいのです。しかしそれでは生活が不便になりますね。

Q4. ではどうすればいいんですか?

リスクはゼロにするのではなく最適化するのです。最適なリスクとは、それを防ぐコストと等しい水準です。たとえば原発を今すぐ廃止すると、事故の確率はゼロになりますが、何十兆円も損害が出ます。事故のハザード(福島の場合は約20兆円)に確率(500炉年に1度)をかけてリスクを評価すると、原発をゼロにするコストは大きすぎます。

もう一つの方法は、同じような他のリスクと比べることです。平年のインフルエンザでは年間1万人ぐらい死ぬので、コロナにもそれと同じぐらいのコストをかければいいのです。コロナだけに何十兆円もコストをかけることは、社会的な損失になります。

Q5. 岸田さんは「最悪の場合を想定して入国禁止した」といってます。

最悪の場合を想定するのはいいのですが、最悪の場合だけを想定してはいけません。オミクロン株の死者は、今のところ全世界で1人しか確認されていません。その被害をふせぐために全世界からの入国を禁止するのは、コストが大きすぎます。

こういう場合は、最悪以外の場合も含むシナリオを考えるのです。たとえばオミクロン株の感染で100人死ぬ確率が1%で、10人死ぬ確率が10%だとすると、その2つのシナリオの期待値は

100×0.01+10×0.1=2

ですから、普通の病気で2人が確実に死ぬ場合と同じで、社会全体を巻き込むようなリスクではありません。

Q6. でも命はお金で買えませんね?

それはゼロリスク派の人がよくいうことですが、実際には人の命には値段がついています。たとえば自動車損害賠償責任保険では、死亡した場合の賠償額は遺族ひとり950万円です。命の値段を無限大と考えると、自動車も飛行機も使えなくなります。

Q7. でも岸田さんはゼロリスクを求めて入国禁止を延長しますね?

世論調査で全面入国禁止が90%に支持され、予想以上に評判がいいので、引くに引けなくなったんでしょう。政治家としては賢い判断ですが、本当にそれでいいんでしょうか。

Q8. 「未知のリスクだからわかるまで禁止する」といってます。

このように不確実性を理由にするのも、ゼロリスク派の特徴です。不確実性とは期待値のわからないリスクのことですが、感染症の被害は急速に広がるので、正確にわかりません。

今までのコロナウイルスのリスクもわからなかったのに、オミクロン株のリスクだけわかるはずがない。永久に入国禁止するんでしょうか。

Q9. なぜ政治家はリスクを正しく判断できないんでしょうか?

多くの国民が支持しないと政権は維持できませんが、国民が合理的に判断するとはかぎりません。マスコミは珍しい事件を大きく報道するので、国民は1回のハザードの大きさを基準にしてリスクを判断しがちです。

これは河野太郎さんから小林よしのりさんに至るまで、多くの人がおちいる錯覚なので、岸田さんが特に頭が悪いわけではありません。

Q10. リスク管理はどうすればいいんでしょうか?

政治家が「国民感情」に迎合してリスクを過大評価するバイアスは、民主国家では避けられません。対策の費用対効果を考えて慎重にやると、菅前首相のように「対策が甘かったから感染が増えた」と批判を浴びて、退陣に追い込まれてしまいます。

岸田さんのように過大評価しておけば、感染が止まったら「効果があった」といい、感染が悪化すると「最大の対策をとってこれで食い止めた」ということができるので、どっちに転んでも得です。

こういうバイアスを避けるには、なるべく政治の裁量を少なくするルールが必要です。緊急事態宣言については条件が法律で決まっていますが、入国禁止は内閣が勝手に決められるので危険です。水際対策の基準を決め、ルールにもとづいたリスク管理をすべきです。