スペインの首相官邸が委託業者に給与も払えず解雇する事態に

サンチェス首相が官邸内の委託飲食業者の従業員36人を解雇してしまった。

36人の従業員が解雇された背景

スペイン・マドリードのモンクロア宮殿の敷地内には首相官邸、副首相官邸、内閣官房庁の建物などがある。この敷地内で政治家や官僚など2000人余りが執務している。それぞれの建物内にはレストラン、カフェテリア・バルがある。そこでのサービスを提供するのに民間業者が1社委託で入っている。

例えば、朝食だと500人分、昼食は300人分が平均して毎日用意されるそうだ。カフェテリア・バルは朝6時半から夜9時まで営業している。

ところが、そこで働いている36人が解雇されたというニュースが12月3日付「OKディアリオ」で報じられた。それからクリスマスを迎える時になっても彼らに事態改善の吉報はなかった。

一般の建物のレストランやバルで勤務していた人が解雇されたのであればニュースのネタにはならない。ところが、首相官邸などで食事のサービスなどを担当していたスタッフが解雇されたというのはニュースになる。それはあたかも官邸の最高責任者であるサンチェス首相が解雇したように見えるからである。

実際、同紙の見出しは「モンクロア宮殿の36人の給仕をサンチェス(首相)が解雇した。他社と(委託)契約する際には彼らを再雇用する義務はなし」となっている。

この36人というのは厨房、食堂、清掃などを担当していた人たちだ。彼らが解雇された経緯を説明する必要がある。モンクロア宮殿内の飲食サービスはこれまで政府に委託された民間業者が担当して来た。一番最後に委託契約でこの敷地内の建物での飲食サービス業者として入って来たのはドゥルシネア・ヌトゥリシオン社だった。2017年から4年契約で入った。同社はケイタリング専門企業でスペインの軍隊や刑務所での食事サービスをこれまで行って来た業者だ。前述している36人は同社が契約する以前からこの敷地内で飲食サービスの業務を行って来た人たちで、新たに委託された業者は彼らを再雇用する義務があるというで彼らは長年そこで勤務して来た。ドゥルシネア・ヌトゥリシオン社も彼らを再雇用した。

ところが、2019年頃から彼らへの給与の遅延が目立つようになっていた。同年6月には彼らへの給与遅延で抗議ストを行ったこともあった。それ以来メディアが注目するようになった。官房庁は委託契約していた条件を満たしていないとしてドゥルシネア・ヌトゥリシオン社との契約を解除。ということで、そこで勤務していた彼ら従業員も解雇となった。

解雇された従業員が官房庁を相手に高裁に訴えた

それに不服を表明した36人の内の18人が同年12月にマドリードの高裁に官房庁を相手取って不当な解雇だとして訴訟を起こしたのである。2020年7月に判決が下り、従業員の言い分が認められて勤務に復帰した。そして彼らへの給与は官房庁の負担となった。

これでけりが付いたと思われていた。ところが、失業者の雇用に熱心であるはずの政府官房庁は高裁の判決を不服だとして最高裁に控訴したのである。その結果、最高裁は高裁の判決を棄却した。(以上、上記「OKディアリオ」から引用)。この判決によって官房庁は問題の従業員の雇用そして給与の支給から回避された。

従業員の中にはひとり25年間首相官邸で食事のサービスなどを提供していた人もいて、彼は首相官邸の中ではこれまで3人の首相に仕えて来た経験をもっていた。

官房庁はドゥルシネア・ヌトゥリシオン社との委託契約を解除した後、新しく委託業者を公募するまで臨時でナサバルグループがレストランとカフェテリア・バルのサービス業務を請け負うことになった。(2020年2月19日付「エル・インデペンディエンテ」から引用)。

そして今年10月から新たに民間業者の公募を開始した。しかし、これまで慣例となっていた今まで勤務していた従業員を再雇用するか否かは委託業者の判断に任せるとした。新たに入る委託業者が彼らを雇用せねばならない義務がなくなったのである。というのも、再雇用となると、勤続年数の多い人の場合は一旦採用してその後に解雇するとなると勤続年数に比例して会社側の賠償金の負担が大きくなるからだ。

一方、官房庁の入札に民間企業の方で応札することへの関心が薄いのは、そこで販売できる価格が低価格に抑えるように義務づけられているからである。

即ち、官邸内に2000人の固定客がいるとされているが、マドリード市内で提供されている飲み物や食事の料金価格に比較してより安価に提供することが義務づけられているので委託された業者にとって十分に利益が出せないということなのである。

解雇された36人の雇用に関心を示さない首相

一般の常識からして考えられないのは、官邸内で勤務している彼らが委託業者からの給与の支給が遅延してまともにもらえない状態が続いていたことをサンチェス首相も知っていたはず。それを知っておきながら、今まで彼らの為の解決策を見つけてやることもしない薄情さには呆れるばかりだ。

しかも、解雇されて失業しても失業手当をもらうのにも当初委託業者がそれを認めない状態が続き失業手当の申請ができなかったという事情もあったそうだ。

官邸内で首相が食事を取る時には彼らの世話になるのだ。首相は彼らの職場事情について真剣に配慮してやるべきだ。