GDP中心の「一国ケインズ主義」は終わった

池田 信夫

今年は日本が世界経済の回復から取り残された年だった。MMT派の政治家は「政府支出をもっと増やせ」と主張しているが、コロナ対策に70兆円以上ばらまいた日本で、GDPは1.9%減った。人的被害が最少だった日本の経済被害が最大級なのだ。

コロナの経済的影響(Economist)

これはコロナの行動制限で民間消費が減り、ばらまいた給付金のほとんどが貯蓄されたからだ。こういうときは、MMTのように民間の需要不足を政府支出で埋める「どマクロ」経済政策はうまく行かない。

GDPは経済の誤った指標

GDP(国内総生産)は「豊かさ」の尺度としては適切ではない。GDPのもとはGNP(国民総生産)だが、クズネッツが1932年にその集計方法を提案したとき、政府支出はGNPに含まれていなかった。

しかし第2次世界大戦が始まると、ケインズはクズネッツの定義を否定し、政府支出をGNPに含めた。それによって戦力の全体像がつかめるからだ。

戦時経済ではそれでよかった。どんなに高価な軍事支出でも、その財源を税で徴収できるなら戦力になる。ボトルネックは雇用と資本設備だが、大不況時代には雇用は余っていたので、政府支出で設備をフル稼働することが望ましい。

それが有効需要の原理である。1930年代の大恐慌から英米の経済を救ったのは、ニューディールでもケインズ理論でもなく、戦争による「需要拡大」だった。

しかし平時の経済指標としては、GNPはミスリーディングである。それは生産性を計算に入れていないからだ。たとえば1兆円の紙幣を瓶に入れて地中に埋め、失業者がそれを掘り出せばGNPは1兆円増えるが、何も生みだされない。経済が政府に依存すればするほど、生産性は低下するのだ。

それが1990年代以降の日本経済に起こったことである。特に社会保障の移転支出が増えたため、政府支出のほとんどが高齢者の生活維持に使われるようになった。これは金を瓶に入れて掘り出すのと同じで、生産性は上がらない。

「一国ケインズ主義」の終わり

もう一つの問題は、グローバル化の影響だ。国民経済計算の基準は1994年にGDPに変わった。これはGNPから所得収支(海外法人の利益)を引いた数値なので、国内の雇用の指標としては便利だが、グローバル化に逆行するものだ。図のように2010年代に、日本のGNPとGDPの差は拡大した。

日本のGNPとGDP(内閣府データ)

2013年からは日銀が極端な量的緩和を行って銀行に大量のマネーを供給したが、これによる低コストの資金は大企業の海外直接投資に使われた。人口が減少する高コストの国内への投資を減らし、大企業の収益は上がったので株価は上がったが、国内の賃金は下がった。中国の労働者との賃金競争が顕在化したからだ。

この状況で国内の需給ギャップだけをみて「民間の需要不足を政府が埋めろ」と要求する一国ケインズ主義では、問題は解決しない。必要なのは海外法人の収益を国内に還元するために法人税を減税して消費税を増税し、膨張した社会保障支出を整理して最低保障年金のような非裁量的な支出に変え、政府支出の生産性を高めることだ。

財政支出で経済が成長すると思っているMMTは無知だが、需要不足の時期にプライマリーバランスの心配ばかりしている財務省は時代錯誤である。問題は財政支出の中身なのだ。

日本では社会保障支出に圧迫されて、教育・研究開発など人的資本への公的投資が縮小されている。日本の大学教育の生産性はきわめて低いので、それを効率化することは必要だが、無形資産が重要になる時代には、政府投資の生産性を上げることが重要である。

アゴラ経済塾「インフレ時代に資産を守る」では、こういう日本経済の見通しも考えたい。