クリスラム(Chrislam)という言葉をご存じだろうか。キリスト教とイスラム教を合わせた合成語で、新しい混合宗教の名前だ。そのような新しい宗教の創設が計画されているという。この話は当方には初耳だった。事実となれば、非常に興味深いが、どうやらフェイクニュースだ。
バチカンニュース(1月17日)によると、エジプトの裁判官モハメド・マフムード・アブデル・サラム氏は、「そんな計画は存在しない。フェイクニュースだ」と主張している。同氏によると、アブダビで署名された「人間の友愛に関する文書」とアラブ首長国連邦(UAE)で建設中の「アブラハムの家族の家」プロジェクトに対する偽情報キャンペーンだという。バチカンの報道機関であるフィデスによれば、同テーマに関しては多くの偽ニュースがインターネット上で流通しているという。
興味深い点は、フェイクニュースとはいえ、その背景だ。「人間の友愛に関する文書」(通称アブダビ文書)は、2019年2月にアブダビでフランシスコ教皇とアルアズハルのグランドイマームのアフメド・アルタイエブ師(Grosimam von Al-Azhar, Scheich Ahmad Al-Teyyeb)によって署名された。アブラハムから派生した全ての宗教を統合した世界宗教の促進を明記した文書だ。そこから「クリスラム」という合成語が出てきて、そのニュースが中東地域だけではなく、西側世界でも広がっていったのだろう。
「クリスラム」という用語は、キリスト教とイスラム教の融合へのアプローチとして、20世紀のディストピア小説で登場していた。また、ナイジェリアの最大の都市ラゴスでは、1970年代に「クリスラム」と呼ばれるグループが出現したが、その動きは地理的領域に限定されていた。
2019年2月に署名された「アブダビ文書」の目的は、「宗教、肌の色、性別、民族性、言語の多元主義と多様性を有する賢明な神の意志に対応するため、すべての人々を受け入れ、団結し、平等な世俗的な共存を目指す」という精神だ。その精神に基づき、アブダビのサディヤット島に「アブラハムの家族のハウス」を建設するという膨大なプロジェクトが生まれてきたわけだ。
「アブラハムの家」は、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒と、すべての信者の父である家長アブラハムとのつながりを表す名前で、アブラハムは3大唯一神教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から「信仰の祖」と呼ばれている。イスラム教の創設者ムハンマド(570年頃~632年)は、「アブラハムから始まった神への信仰はユダヤ教、パウロのキリスト教では成就できなかった」と指摘し、「自分はアブラハムの願いを継承した最後の預言者」と受け取っていたほどだ。アブラハムはヘブライ語で「多数の父」を意味する。
「アブラハムの家」はアラブ首長国連邦の最大都市であるアブダビに建設される異教徒間の複合施設であり、教会、モスク、シナゴーグ、文化センターが同じ場所に並んでいる。3つの建物は互いに分離され、各建物はそれぞれの信仰コミュニティとのつながりを明確に表現している。礼拝所では、儀式や典礼が彼ら自身の伝統に従って行われる。ちょうど、多くの中東の都市では、教会、シナゴーグ、モスクが何世紀にもわたって同じ土地に共存してきたようにだ。
イスラム寺院は「アルタイブ」(Al-Tayeb Moschee)、キリスト教会は「聖フランシス教会」、そしてユダヤ教は「モーゼス・ベン・マイモン・シナゴーク」(Mosesben Maimon Synagoge)と呼ぶ。今年には完成する予定だ。構造は、伝統的な建築を想起させ、3つの信仰のそれぞれの固有の伝統を維持しながら、3つの宗教の統一された交わりと共存を表すという。ちなみに、教会はアッシジの聖フランチェスコに捧げられる。アッシジの聖フランチェスコは「すべての人々の友愛」のパトロンだ。
ちなみに、アブダビの「人間の友愛に関する文書」の署名について、カトリック教会では亀裂を引き起こしたことはまだ記憶に新しい。例えば、元米ワシントン教皇大使だったカルロ・マリア・ビガーノ大司教は、「アブダビの庭園には、反キリスト教の教えに基づいたシンクレティズムの新宗教として世界の寺院が建設中だ。これは、神の敵によって考案されたバビロニアの計画だ」と批判していた。
なお、3宗派、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教を一つの屋根のもとに集めた「一つの家」建設計画がドイツの首都ベルリン中心部のペトリ広場(Petriplatz)でも進行中だ。「一つの家」建設計画の発端は、ベルリンのペトリ広場で中世以降の複数の教会の遺跡が発掘されたことによる。
<参考資料>
「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日
「欧州社会は『アブラハム文化』だ‼」2021年6月20日
「如何にして『ユダヤ人」となりしか」2021年8月14日
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。