岸田さんの「新しい資本主義」が誰がどう考えてもお先真っ暗なワケ

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今週のメルマガ前半部の紹介です。衆院選を前に一度は金融所得課税強化を引っ込めた岸田総理ですが、最近は再び言及しはじめていますね。

結果、FRBの金融引き締めスタンスとも相まって、日経平均は荒れに荒れております。

【参考リンク】金融所得課税見直し、与党の税制調査会で議論-岸田首相

金融所得課税見直し、与党の税制調査会で議論-岸田首相
岸田文雄首相は21日、金融所得課税見直しについて、与党の税制調査会で議論するとの意向を改めて示した。参院代表質問で答弁した。

安倍さんと違い岸田さんは株価にまったく関心が無いみたいですね。

一方で、総理のブレーンとして意外な人物の名がクローズアップされています。

【参考リンク】岸田首相は「会社は株主のもの」主張にメスを入れられるか

岸田首相は「会社は株主のもの」主張にメスを入れられるか - 木代泰之|論座アーカイブ
 「新しい資本主義実現会議」が今月から活動を始める。岸田首相の最近の発言からうかがえるのは、米国流の「株主資本主義」に替わる「公益資本主義」、すなわち会社は「社会の公器」とする考え方である。 この動き

なんだ、総理の「新しい資本主義」って、原丈人氏の「公益資本主義」が元ネタだったんですね。そりゃ日経平均なんてどうでもいいっすね(苦笑)

だって配当や自社株買い減らさせて従業員の賃上げに回させるって公言してるんだから。日本株持ってる人はご愁傷様です。

というわけで、今回は岸田総理の「新しい資本主義」を、元ネタの“公益資本主義”をベースにひも解いていきたいと思います。

2000年代に一度プチ・ブレイクした“公益資本主義”

「初めて聞いた」という人も多いでしょうが、実は原丈人氏というのは2000年代に一度プチ・ブレイクしています。

派遣切りの後、論壇誌で日本の雇用問題について解説する筆者の隣で色々書いていたので2007~2010年くらいでしょう。その主張は当時も今も変わらず、およそ以下のようなものですね。

  1. 株主だけでなく、従業員や取引先なども含めたステークホルダー重視で持続可能な社会を作ろう
  2. 短期的視野しか持たない米国の株主資本主義よりも、日本の長期的視野にもとづくモノづくりの方が優れている
  3. で、どうすればそれが実現するのかは曖昧(たぶん本人もよくわかっていない)

で、これがプチ・ブレイクした理由ですが、左右の垣根を超えた支持が一定数集まったためです。

右の中には「日本凄い」と言われればパクって食いつく知能の低いグループが一定数生息しています。ロジックは理解できないけどアメリカのIT(今でいうところのGAFA)に日本は勝てるゾ!と言われちゃうと食いついちゃうんですね。

また、左翼の中には「ぶっちゃけ自分たち中高年正社員が逃げ切れればそれでよくて痛みを伴う改革は嫌だ、非正規雇用労働者なんてこのまま放置プレイでいいからそのための大義名分だけ欲しい」みたいなのがかなりの割合でいます。

彼らにとっても既得権の強力な防波堤となりうる公益資本主義は大変都合がよかったわけです。

まあ大方の普通の識者や政治家にはスルーされたので、あくまでプチ・ブレイクにとどまってそのうち聞かなくなりましたけど。

とはいえ、筆者自身はまったく異なるアングルから興味を持って眺めていましたね。

「株主より従業員の雇用や賃金を重視って、それまんま終身雇用制度のことじゃないか。原さんの理想って誰にも相手されないどころか、半分くらいは既に日本で実現してるじゃん」

何が起きても可愛い従業員の雇用を守るために、投資も賃上げも我慢して内部留保を積み上げてくれる経営。

そんな会社のために賃上げ額から要求内容まで事細かく忖度する労組。もちろん、彼らは自分たち正社員の雇用を維持するために氷河期世代や女性の非正規を踏み台にすることもウェルカムです。

“公益資本主義”の威光は経済危機下においていかんなく発揮されています。リーマンショック、コロナ禍においても、わが国の完全失業率は圧倒的低水準を維持し続けています。

リーマンショック(2008年9月)とコロナショック(2020年)の比較
新型コロナウイルス感染症関連情報:新型コロナが雇用・就業・失業に与える影響より

ただ、それから十数年がたって、はっきりしたこともあります。技術力でも社会の豊かさでもアメリカは今も変わらず世界のトップを走り続ける一方、日本企業はGAFAどころか中国企業にも分野によっては技術力で後塵を拝し始めており、すでに賃金では韓国にも抜かれてしまいました。

氏の推奨した「企業と労組の二人三脚」は30年間ほぼぶっこけ続けて、打倒アメリカ型株主資本主義どころかほとんど前に進めていないというのが現実なわけです。

まあ普通に考えれば当然そうなりますね。「ステークホルダーとして従業員を大切にしろ」というのは言い換えれば「何があっても雇い続けられるよう投資も賃上げもほどほどにしとけよ。あくまでも自助努力でなんとかしろよ。政府に面倒かけるんじゃないよ」と突き放すようなものですから。

そりゃ賃金も上がらないし経済の新陳代謝も停滞するはずです。

去年あたりからこの「経済規模も賃金もこの30年間ほとんど増えていない」という不都合な真実がクローズアップされる機会が増えたように思います。

分かる人には10年以上前からこうなることは明らかだったでしょうが、とりあえず一般の人も目を背けられない現実として認識されるようになったということですね。

こういうタイミングでいまさら「株主資本主義からの脱却を!経営に長期目線を!」とか提言しちゃう人も、それをありがたがって「新しい資本主義で行きます」とか世界に宣言しちゃう総理も、時代の流れ的に3周くらい遅れている印象しかありませんね。

日本株はかなりまずいんじゃないですかね。まあ今まで上がりすぎていたというのもありますけど、少なくと今の政権中枢には日経平均が下がれば下がるほど「社会の不均衡が是正されあるべき理想の状態に近づいている」と喜びを覚える人たちが一定数いるということはおぼえておくべきでしょう。

以降、

賃金を上げさせたかったら「公益資本主義」の真逆をやれ
“公益資本主義”は二度死ぬ

※詳細はメルマガにて(夜間飛行)

Q: 「仕事を深堀したがる上司と、バランスよく進めたい自分。管理職向きなのは?」
→A:「『何度も種類を突き返すのが良い管理職』と思っている人はまだまだ多いです」

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編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2022年1月27日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。