ドイツ連邦議会で昨年12月8日、社会民主党(SPD)、「緑の党」、そして自由民主党(FDP)の3党から成るショルツ連立政権が発足して今月8日で2カ月目を迎える。ショルツ首相は7日(現地時間)訪米し、ホワイトハウスでバイデン大統領と対面会談する。同首相にとって就任初の米独会談だ。
ちなみに、日本の岸田文雄首相は就任後、訪米の機会を探ってきたが、バイデン氏とは対面会談は実現できず、最初の会談はテレビ会談(2022年1月21日)で終わった。ショルツ首相は岸田首相に先駆けて米国に招待され、バイデン氏と会談する。運動会の競争ではないが、ショルツ氏がバイデン氏との対面会談では先を越したわけだ。
バイデン大統領にとってショルツ首相との会談は急務なのだろう。岸田首相とはテレビ会談で日米両国の連帯、対中国政策の連携などを話し合ったが、対面会談でなくても用が足りたわけだ。一方、ショルツ首相とは相手の顔をみながら話し合わなければならないテーマがあった。ズバリ、ウクライナ危機であり、ドイツとロシア間の天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の操業問題だ。
新政権の連立協定である「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目で、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調し、「私たちの国際政策は価値に基づいており、ヨーロッパに組み込まれ志を同じくするパートナーと緊密に連携し、国際的なルール違反者に対して明確な態度を示す」と述べている。それだけに世界がドイツの外交に注目している時だ。なお、ショルツ首相は訪米後、14日にはキエフを訪ね、15日はモスクワでプーチン大統領と会談することになっている。ドイツのウクライナ危機への本格的な外交が始まるわけだ。
政権発足後のショルツ首相の動きは正直言って余りにも静かすぎた。ショルツ首相はメルケル政権下では財務相を務めるなど、政治の世界では決して新米ではないが、ウクライナ危機ではフランスのマクロン大統領の華やかな言動と比べると余りにも寡黙だ。欧州連合(EU)の議長国フランスの大統領であるマクロン氏はウクライナ危機が発生して以来、活発な外交を展開している。同大統領は7日、モスクワでプーチン大統領と会談し、その後、キエフに飛ぶ。同大統領は過去、プーチン、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領、バイデン大統領と何度か電話会談をし、ウクライナ危機の外交的解決を模索してきた。
ショルツ首相は出発前、ARD(ドイツ公共放送)とのインタビューで、「ウクライナ危機では同盟国が統一された戦略を持つことが重要だ。ロシアが侵略した場合、ロシアは高額を支払うことになることを知らなければならない」と強調。同時に、バルト3国での北大西洋条約機構(NATO)作戦へのドイツ連邦軍の参加(Air Policing=領空警備)を増やす見通しを明らかにした。ドイツがウクライナ危機問題で消極的だという批判に対しは、「ドイツは2014年以来、ウクライナに対して最大の経済・金融支援を実施してきた」と説明している。
同首相は過去2カ月間、新型コロナウイルス感染の防止策で苦闘してきた。ワクチン接種義務化については本人やラウターバッハ保健相は支持してきたが、政権内で意見の相違があり、政府として草案をまとめることが出来ない状況だ。同じように、対ウクライナ武器供給問題でもFDPには支持する声が聞かれたが、ショルツ首相の与党SPDや「緑の党」は強く拒否している、といった具合で、ドイツ初の3党連立政権の難しさを浮き彫りにしている。
ウクライナ政府はドイツに対し武器の支援を要請してきたが、ドイツは、「わが国には厳格な武器輸出規制がある」として拒否し、「5000個の軍ヘルメット」の支援を表明した時、キエフ側は失望を隠さなかった。ドイツ製戦車や防空システムなど本格的な軍事支援を期待していたからだ。元プロボクサーでドイツで活躍し、世界チャンピオンにもなった後、母国ウクライナに戻り、政界入りしたキエフのビタリ・クリチコ市長は、「なんということだ。ドイツは我々に次は枕でも支援するつもりではないか」とドイツ側の支援を揶揄った。
バイデン氏との会談では「ノルド・ストリーム2」の対応が大きなテーマとなる。海底ガスパイプラインは既に完工しており、関係国の承諾待ちだ。同プロジェクトはプーチン氏の威信をかけたプロジェクトであり、同時に経済プロジェクトだ。ベアバボック独外相は野党時代から同プロジェクトに反対してきたが、ショルツ首相は、「経済プロジェクトを政治化することはない」という立場で、操業開始を支持するなど、政権内でここでも意見の違いがある(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。
ただし、独メディアによれば、ショルツ首相は米国側の強い要請があればロシアのウクライナ侵攻があった場合、操業の中止も止むを得ないと考え出しているという。このコラム欄で「ウクライナ危機への『3つの対応』」(2022年1月20日)を書き、「欧米には少なくとも3つの制裁の道がある」として、①ウクライナへ武器供給(英国は軽装甲防御兵器システムを供給)、②「ノルド・ストリーム2」の操業開始の停止、③SWIFT(銀行間の国際的な決済ネットワーク)を利用してロシアの経済活動に制裁を科す、等の3点を挙げた。問題は制裁を実施できるのは欧米だけではなく、ロシアも少なくとも欧州への天然ガス供給をストップできる。欧州は2020年、ロシアから天然ガスを全体の43.9%を輸入している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。