今度こそ日本はプーチン大統領を許してはならない

恥辱の日

1941年12月7日、日本軍がパールハーバーを攻撃したのを受けて、ルーズベルト大統領はその日が「恥辱の日」として歴史に残るであろうという言葉を残し、議会に日本への宣戦布告を要求した。

2022年2月24日は世界規模で「恥辱の日」として認識されなければならない。ウクライナは主権国家の体をなさないという自身の歪曲された歴史観に基づきプーチン大統領はウクライナ全土に全面侵攻をしかけた。そのせいで無辜のウクライナ国民の命が奪われている。

プーチン大統領の侵略行為は既存の国際秩序に対する挑戦であり、主権の尊重を重んじ、武力に現状変更を慎むように求める国連憲章に明白に違反している違法行為である。しかし、ロシアが皮肉にも国連安全保障理事国である以上、国連が軍事力を伴う制裁を課すことに拒否権を行使することができ、国連はプーチンの行為に対し無力である。

また、国連の枠を超えてロシアの行動を止めようとも、核による反撃を辞さないプーチン氏の恫喝を前に、黙ってロシアの侵攻を眺めていることしかできない。

しかし、日本を含めた西側諸国は何もしないわけにはいかない。今回のロシアの侵略はウクライナに対してのみ影響を与えるものではない。大国が一方的に侵略行為に及ぶ事態が容認される世界は悪しき前例となり、ロシアに続いて現状変更を試みる国々にゴーサインを与えることにつながりかねない。それゆえ、ウクライナで起こっている出来事は我々は他山の石として受け止め、ウクライナが主権を回復するための努力を支援しなければならない。

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北方領土の返還はウクライナの主権回復後

それを踏まえた上で日本として何ができるのか。日本の場合は欧米諸国との制裁を加える前にやるべきことが多々あると筆者は考える。

まず、北方領土返還の前提条件となっている、平和条約、経済協力といったあらゆる交渉を中断するべきだ。プーチン氏によるウクライナ侵攻の出発点となったクリミア併合の際に、日本は北方領土交渉の妨げ、ロシアと中国の接近につながる、という希望観測的な理由に基づいて、名目的な制裁しか課さなかった。

そして、クリミアが不法に併合されたのにもかかわらず、日本政府はプーチン政府と幾度となく会談を設定し、事実上ロシアの侵略を黙認した。しかし、結果的には日本による宥和政策は何も生み出さなかった。

プーチン氏によるウクライナ侵攻は、彼が説得の余地がある人物だという希望を根底から覆し、これ以上の交渉が無意味であることを露呈させた。また、ウクライナが侵攻されている最中に、ロシアに対して自国が有利となる条件を引き出すことは非倫理的であるだけではなく、ウクライナへの侵攻を間接的に支援していることと同じである。

それゆえ、日本は平和条約締結交渉の中止を宣告し、ロシアの経済協力計画の中止、ロシア経済協力担当大臣のポストの廃止など、プーチン氏を直接的に、間接的に利する交渉、それにつながる政策を即刻中止、廃止するべきだ。

たとえそれで北方領土の返還が何十年伸びたとしても、国際秩序が根本から覆される事態に直面していることを考慮すれば、甘受しなければならない。もし、北方領土交渉が再開されるならば、それはウクライナの主権が完全に回復された時である。

 日本はウクライナと共にあるべき

次に、日本はロシアと西側との仲裁ができるという幻想を捨て、ウクライナとの連帯を明確に世界に示すべきだ。

先日、国会で立憲民主党の議員が、プーチン氏と親交があるとされる森元総理を特使としてロシアに派遣して、侵攻を止めさせるべきだと岸田首相に説いた。しかし、一連のロシアの行動、プーチン氏の言動を分析すれば、プーチン氏は「力」の信奉者であることは自明である。

また、西側の外交努力を足蹴にして、理解しがたい理由で侵攻に及んだ事実は話し合う容易が元々彼に無かったこと証明している。たとえ個人レベルでプーチン氏と親交があったととしても、これまでの親ロ派の政治家の活動が北方領土交渉で何も生み出さなかったことを考えれば、彼らの行使できる影響力は限定的であることを理解せねばならない。

それより、日本がすべきはウクライナとの連帯を言葉だけではなく、行動で示すことである。それをするためには、日本は西側諸国と連携しながらウクライナの主権回復につながる後方活動に従事するべきだ。

今日のウクライナは明日の日本

24日に開始されたプーチン氏によるウクライナ侵攻は、日本がロシアに対して寄せていた期待を木っ端みじんに吹き飛ばすものであった。

我々は今歴史の分岐点に立っている。ロシアの蛮行にどう対応するか次第で我々が生きる世界はこれまでとは全く違うものになってしまう可能性がある。対応に失敗すれば大国が一方的に小国を蹂躙する弱肉強食の世界が常態化してしまうかもしれない。

将来世代がそのような世界に住むことがないように、例え痛みが伴うことがあっても、我々はプーチン氏に対して断固たる態度を取り続けなければならない。そして、今日のウクライナは明日の日本だということを肝に銘じる必要がある。