岸田首相が掲げた「新しい資本主義」の取り組みがどうもはっきり見えません。公約として取り組んでいる岸田首相の目玉政策の一つですが、アベノミクスのような強さとわかりやすさがないからでしょうか?「成長と分配の好循環」は概念としては理解できるのですが、「総論賛成、各論反対」というか「総論理解、各論不明瞭」にもなりかねません。
具体的取組の一つに「四半期開示のあり方」を掲げました。昨年10月の所信表明演説で述べたその趣旨は「開示の間隔を長くして、短期的利益を追求しがちな企業の志向を変えるねらい」(朝日新聞)とされました。ところが2月18日に開催された金融審議会作業部会では参加委員全員が四半期開示廃止に反対を表明しました。「岸田さん、それは無理なお願いよ」という訳です。そのポイントの一つが四半期開示が短期主義だと結びつけるのは短絡的というものでした。
2月21日の予算委員会で国民民主党の前原誠司議員が首相への質問で「資本市場が資金調達の場から流出の場となっている。(海外投資家の比率増大を背景に)国富の流出ではないか」との声に対して「成長の果実が一方的に、一部に資するだけで終わってしまったら続かない」と答えています。
岸田首相の思うところは成長と分配の循環の中で海外投資家がハゲタカのようにおいしいところをかすめ取っており、循環機能が働いていない、ということではないか、と推測します。
国富流出に対する懸念は日本はトラウマのようなものがあります。かつて、日本がジパングと言われた頃、金が大量に海外に流出し日本で金が取れなくなったことは国富の流出でした。また戦前、井上準之助大蔵大臣が欧米からのプレッシャーに負け、金解禁をしたところ、金が流出し、物価下落、輸出激減でデフレとなります。大蔵大臣が高橋是清に代わり、金輸出再禁止でどうにか、止血を止めたという事件もありました。
とはいえ、時代背景が当時と今ではあまりにも違います。国富は流出するものと流入するものがあるわけでその両面を捉えていない前原議員の質問は「ひっかけ」だと思っています。これでは日本が輸出だけして輸入をしないことを奨励しているようにすら聞こえるのです。常にバランスが存在するものでしょう。
私は岸田首相の言う「新しい資本主義」とはコンセプトとしてはそもそも何も新しいわけではなく、ステークホールダー資本主義そのものではないか、と思うのです。ステークホールダーとは利害関係者という意味です。株主資本主義と言われた時代に様々な議論が展開しました。「会社は誰のもの?」というのはその典型です。株主が一番偉いのか、という疑念、そして「1%と99%のバトル」もその範疇にあるでしょう。
これらの議論を踏まえて20年のダボス会議で主テーマとなったのがこのステークホールダー資本主義です。企業はあらゆる利害関係者の利益を考えよう、というものです。この利害関係者は狭義では株主、従業員、取引先、顧客が上がりますが、広義では近隣、代理店、更には地球というレベルまであります。地球というのは地球環境やSDGsを前提にしています。
岸田首相のそもそもの考えは中間層の没落とされる今の日本に於いて新中間層を作ろうという政治的目的が背景にあります。ボリュームゾーンである中間層の生活が改善され、幸福感を持ってもらえるなら政治家冥利に尽きるわけです。それを新しい資本主義という言葉で言い換えたのは岸田氏の実績づくりなのですが、言ってしまえばステークホールダー資本主義の実践をどうするか、ということに他ならないとも言えます。
前原議員の説明に対していつもの如く、首相は議論を進めると濁してしまいました。方法論としては海外株主への源泉税の引き上げをすることで国富の流出を引き下げることは可能です。但し、これは私は改悪で開かれた資本主義の真逆になると考えています。それよりも流出以上の流入を考え、活性化させることに主眼を持たせることが重要でしょう。
企業がお金を抱えすぎているという問題もあります。かつてこれに対処するためにカナダでは資本税というこれまた不評な税金がありました。持てる資産に税金をという訳です。岸田首相はこれに興味があるのだと思いますが、これを導入すれば自民党は崩壊するほど打撃を受けるでしょう。
企業がお金をなぜ抱え込むのか、といえば「将来の投資のため」と表向きは言いますが、実は経営者が投資恐怖症になっているだけだと思います。借金するのが怖い、失敗するのが怖い、なのでどの会社も投資規模がどんどん小さくなるのです。でかく張る会社は孫正義氏や外国人経営者の企業です。外国では借金できるほど信用力が高い、とみなし、借入金は企業経営の勲章という考え方なのです。
よってステークホールダー資本主義を日本全体に取り込むために岸田首相がやるべきは企業マインドを改変することではないかと考えます。私が今回のインフレは日本経済にブレークスルーとなると申したのは今まで値上げ恐怖症の企業が背に腹は代えられずに値上げし、企業内でもっとも不遇だった授業員への処遇改善になれるかもしれないと考えたからです。
またハゲタカは使わない資金を抱えている企業を狙い撃ちします。使わないなら配当せよ、と。そのため、企業は特別配当するか、投資するか、従業員にばらまくなどの姿勢を見せなくてはいけないのです。つまりハゲタカが門戸を開けさせているともいえるわけで一概にハゲタカ悪玉論でもないと思うのです。
岸田首相は投資家をうまく利用することを考えるべきです。政権が無理にこじ開けるのではなく、日本の閉鎖的な企業体質を開けさせる力を借りるという発想もアリではないでしょうか?
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年3月1日の記事より転載させていただきました。