米欧が遂に、「核オプション」に打って出ました。2月26日、ロシアの一部銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除すると発表。ロシア中央銀行の外貨準備高にも制限を課し、いわゆる金融上の兵糧攻めでロシア経済を追い込みます。
プーチン露大統領が2月24日にドンバス地方での軍事作戦決行を発表、首都キエフや南部などに及び攻撃を開始するなか、バイデン大統領は同日、SWIFT排除につき「現時点で可能性は低い」と発言していました。しかし、ロシアの猛攻撃を受け急転直下、2月26日に米国を始め欧州連合(EU)、仏、独、伊、英、加など6カ国と地域が、対ロシアへの追加制裁措置を連名で発表。最終兵器ともいえるSWIFT締め出しで共同戦線を張りました。日本も2月27日、岸田首相が参加を表明しましたね。
共同声明によれば、ロシア向け追加制裁措置の主な内容は以下の通り。
・ロシアの一部の銀行に対するSWIFT排除
・ロシア中央銀行の外貨準備高に対し制限
・ロシア富裕層などに対するゴールデンパスポート(投資家など外国人向け特別市民権)や市民権付与への制限
・資産凍結などの徹底に向けたタスクフォース設立
・偽情報、ハイブリッド戦線での協調路線の拡充
さらに2月28日には、バイデン大統領などがロシア中央銀行を始め財務省、政府系ファンドへのドル取引停止を発表しました。ロシア中銀が有する米連邦制度理事会(FRB)のドル資産を、事実上凍結します。こうした措置を通じ、ルーブル防衛阻止を強化しロシア経済にさらなる打撃を与え、本日からベラルーシで開始するウクライナとロシアとの停戦交渉に援護射撃を送ります。米欧側がSWIFT排除の対象の銀行を同時に発表しなかった理由も、米欧で吟味する必要があっただけでなく、ロシアにゆさぶりをかけ、停戦交渉の一助とする目的があったのでしょう。岸田首相も28日夜、ロシア中銀への取引制限やベラルーシへの制裁実施を発表しました。
画像:ウクライナ侵攻への抗議活動、米国でもNY市を含め各地で展開
なお、SWIFT(国際銀行間通信協会)とは、ご案内の通り国際決済・送金に関わる国際的ネットワークです。ベルギーを拠点とし、欧州連合(EU)加盟国であるため、EUの法律の則り運営しています。2012年にイランをSWIFTから排除した当時は、これに準じました。だからこそ、2月26日の共同声明はEUと欧州主要国との連名だったというわけです。一国で統括しているのではなく、ベルギー国立銀行を始め欧州中央銀行、米連邦準備制度理事会、日本銀行などG10の中央銀行が監督機能を有し、理事会には参加国の銀行から24名が就任、日本は三菱東京UFJ銀行が理事を送り出しています。
SWIFTから排除されるロシアの銀行は、米高官によればロシア最大手のズベルバンクを含め「ロシア国内銀行の総資産8割を占める大手10行全て」であり、欧州高官によれば「ロシアの銀行の7割」が対象になる見通しです。
さて、気になるロシアの選択肢ですが、カーネギー・モスクワ・センターの分析などに基づくと主に4つ考えられます。
①ロシア国内のカード決済システム「Mir」の活用
・クリミア併合が起こった2014年4月、米国がロシアの一部銀行を取引停止とし、ビザとマスターカードが対象の銀行のサービス提供を中断。その際、ロシアは国内向けにカード決済システムMirを立ち上げ。
・2014年に誕生してから、ロシア国内でのカード決済に占めるMirのシェアは2021年時点で24%に上昇し、Mirカードは7,300万枚利用されている。
・しかし、国外ではアルメニアや、ロシアが2008年に独立を承認した南オセチア自治州とアブハジア自治共和国、その他トルコやキルギスタン、ウズベキスタン、カザフスタンの一部地域で利用可能な程度。Mirは中国のユニオン・ペイのほか、日本のJCBとも提携するとはいえ、利用は極めて限定される。
②ロシア独自の決済ネットワーク・システム「SPFS」の活用
・2014年のクリミア併合時、SWIFT排除案が浮上したため、同年ロシアは独自の決済ネットワーク・システム「金融メッセージ転送システム(SPFS)」を始動。
・SPFSに加盟する銀行は、同ウェブサイトによれば2月3日時点で331行(報道では400行以上とされる)のみで、極めて限られたネットワーク。
・2020年時点でSPFSはロシア国内での取引の2割を占め、ロシア中銀は2023年には30%へ引き上げる方針だった。
・SWIFTの使用料の3分の1だが、1回のメッセージ量は20kbまでと、SWIFTの10mbと比べかなり小規模にとどまる。また、SWIFTと違って24時間対応ではなく、平日の就業時間のみ作動する欠点も。従って、SWIFTの代替手段としては現実的と言い難い。
③中国の決済ネットワーク・システム「CIPS」の活用
・ロシアがSPFSを始動させたように、中国は2015年に「クロスボーダー銀行間決済システム(CIPS)」を立ち上げた。ロシアが中国に接近しCIPSへの乗り入れ、あるいは連携するシナリオも考えられよう。
・CIPSのウェブサイトにれば、2021年5月時点で101カ国から1,142行(報道ベースでは1,200行以上とも)が参加する。地域別では中国本土の528行を筆頭に中国を除くアジアが353行、欧州は153行、北米は26行、南米は17行、オセアニアは23行、アフリカは42行と、SPFSより広いネットワークを誇る。なお、日本は30行が参加済みだという。
画像:CIPSのネットワーク
・ただし、やはりSWIFTに参加する200カ国、1万1,000行と比較すると規模は限られる。また、問題は米欧政府がCIPSに加盟する銀行に規制を掛けるか否かも、留意すべきだろう。その他、ロシアの銀行がCIPSに23行加盟する一方で、SPFSに参加する銀行はバンク・オブ・チャイナ1行のみとされる。
・ロシアの外貨準備高の約6,300億ドルに占める人民元のシェアは16.4%と拡大しながらも支配的でない問題もある。ロシア中銀の外貨準備が凍結されたも同然で、ルーブルが急落し、人民元高とあって、調達できる資金も限られよう。
・CIPSに参加しても、間接パートナーの場合はSWIFTを経由する必要も。
・なお、中国は北京冬季五輪中にデジタル人民元の試験的な流通を開始、ロイターが人民銀行の発表を基に報じたところ、1日の利用額は200万元(31.5万ドル)以上になったという。中国にとっては、ロシアとタッグを組む場合、米中貿易協議を始め西側との軋轢を生むリスクをはらむ半面、デジタル人民元普及を後押しする期待もある。
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④デジタル通貨 or 暗号資産の活用
・新興財閥であるロシア・アルミニウムのオレグ・デリパスカ社長が提唱したデジタル・ルーブルの発行は、2020年10月にロシア中銀が承認され、2021年11月頃にクリミアで実験開始の予定だったが、続報は聞かれていない。ただ、サービスが開始していたとしても、米財務省外国資産管理室(OFAC)は2018年以降、制裁対象への取引はデジタル通貨を含め禁止しており、クロスボーダー取引でデジタル・ルーブルが代替可能とは言い難い。その他、テザーを始め、暗号資産の利用も米国の厳しい監視の目を逃れられるかは不透明。OFACはブロックチェーンを用いた取引を分析・追跡し、帰属情報を収集するための新たな技術関連ツールを模索中とされる。何より足元でアノニマスを始めサイバー攻撃が激しく繰り広げられるなか、ハッキングのリスクがつきまとう。
――以上を踏まえると、返り血を浴びる覚悟で攻めた米欧(特に欧州)に対し、ロシアの選択肢は非常に限られているようにみえます。果たして、停戦合意の支援材料となるのか。チャーチル氏の名言「未来のことはわからない。しかし、われわれに過去が希望を与えてくれるはずである」との通り、過去になっていく現在が未来に光を与えてくれることを願います。
さて、西側によるロシアのSWIFT排除の波紋は、エマージング国にも広がり始めています。インド太平洋の一角を成すインドが動き始めています。何かと言いますと、インドでは政府や中銀、国内銀行、民間などが一体となり、国際決済ネットワークをめぐり別の選択肢を模索中なのですよ。足元で議論されている選択肢は、以下の通り。
①2012年にSWIFTから排除されたイランとの取引のために構築した、同国最大の決済ネットワークのSFMS(Structured Financial Messaging Solution)の改善、あるいは新たなシステムの開発
②2012年当時のように、制裁対象とならないロシアの銀行がインドの国内銀行に銀行間取引での資金決済を行なう先方の決済口座を開設させ、その口座を通じ輸入代金を支払う(当時、インドは対イラン制裁は遵守していたが、米国による金融制裁にはイランの原油を輸入する必要性から反対していた)
③インドによる中央銀行デジタル通貨のためのグローバル・ペイメント・インターフェイスの開発と立ち上げ、併せてデジタル・ルピーの導入と普及の推進
世界がウクライナ支援に揺れる半面、途上国では西側の制裁発動による代金支払い遅延を始めとしたリスクをにらみ、新たな国際決済ネットワーク・システムの重要性を見出しているというわけです。今回の制裁は西側にとって分岐点となる決断だった一方で、国際決済ネットワーク・システムの在り方に一石を投じるものとなりそうです。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年2月28日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。