英語メディアはウクライナの首都をKievではなくKyivと綴る:前者はロシア語の発音に基づく

ロシア軍の攻撃を受けるウクライナ。同国の各地から、世界中の記者が現状を伝える日々が続いている。

ウクライナ キエフ Aleksandr Mokshyn/iStock

英国のメディアを中心にニュースを追っていた筆者は、ウクライナの首都キエフの英語表記が「Kiev」ではなく、「Kyiv」になっていることに気づいた。Kievはロシア語発音に基づいた表記であり、後者はウクライナ現地の発音に基づいた表記だという。

BBC記者などによる発音をカタカナで表記すると、Kievは「キイエブ」(kee-yev)、Kyivは「キイブ」(kee-yiv)。筆者の耳にはそれほど大きな違いとして聞こえておらず、デイリー・テレグラフ紙の記事(2月24日、有料閲読)を読んで、遅まきながら、その違いを初めて知った。

その理屈が分かってみると、英語による報道(BBC、ITV、スカイニュース、ユーロニュース英語、アルジャジーラ英語、フランス24英語)で、ウクライナの首都から報道する記者たちがKyivという言葉を使い、テロップにもこの文字が流れるとき、「私たちはロシア流では地名を読みません」という意思表示にも見えてきた。

BBCニュースの日本語記事では「Kyiv」を「キーウ」と表記。)

テレグラフの記事とガーディアンの記事(2月25日付)から、KievとKyivの表記について、学んでみたい。

ウクライナ独立から4年後にKyivに

1991年、ソビエト連邦の崩壊に伴いウクライナが新国家として生まれた。首都「Київ」の英語表記を「Kiev」から「Kyiv」に変えることが正式に認められたのは1995年だった。

2014年2月、キエフ中心部の独立広場を占拠した市民と治安部隊が衝突し、親ロシア路線の政権が崩壊する(「マイダン革命」)。当時のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領はロシアに亡命した。

テレグラフの記事によれば、西欧型の民主政治への志向が高まる中、2018年のウクライナ外務省による「KyivNotKiev」(KievではなくKyiv)運動が広がっていく。

記事に登場する、ウクライナ研究を専門とするアンドリュー・ウィルソン教授(ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン)によると、この運動の背後には、ウクライナから旧ソ連やロシアのイメージをなくしたいという思いがあったという。

この結果、ロイター通信、CNN、BBCなどがKyivを使うようになっていった。

同時に、英語でウクライナに言及する時、教授によると「the」を付けないようにもなったという。「独立国の名称の前に『the』を付けることは珍しいからだ」。

ウクライナ語発音を基にした英語の表記は、「独立国家の原則を支持する意味になる」とウィルソン教授はいう。

一方の「Kiev」は、ロシア・プーチン大統領の「ウクライナはロシアの領土だ」という主張に合法性を与えてしまうという。

米公共ラジオ局「NPR」の記事によれば、キエフを「Kyiv」(KEE-eev)と表記・発音するようにという内部規則を定めており、リスナーに対して、ロシア語の発音を基にした表記・読みを使っていないことを時折知らせるべきだという(2月25日)。

この言葉を使う理由について「リスナーに注意を喚起する」ようスタッフに勧めるということは、つまりは政治的意図があって、この言葉を使っているということになるのではないか。Kyivが正式表記・読みだから使うなら、説明しなくてもよいだろう。

注意を喚起する度に「私たちはウクライナを支持しています」というメッセージが伝わるので、米国の情報戦の一手とも解釈できるが、皆さんはどう思われるだろうか。

ちなみに、日本語では、「ウクライナの地名のカタカナ表記に関する有識者会議」 が、「首都名について、キーウ、キイフ、キエフの3例の併用を可とする」と決めている。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2022年3月1日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。