バイデン大統領が3月1日、上下両院合同会議で一般教書演説を行いました。
初の一般教書演説(2021年は大統領就任直後とあって議会演説とされる)直前での支持率平均は41.1%に対し、不支持率は53.6%で、その差はマイナス12.5ポイントでした。支持率差がプラス12ポイントだった2021年から、180度反転してしまっています。トランプ前大統領のマイナス17ポイント差ほどではなかったものの、初めて一般教書演説を行う大統領の支持率差平均値のプラス33ポイントから遠くかけ離れてしまい、バイデン氏にとっては逆風が吹きつけるなかでの一般教書演説となりました。
CNNは、特にワシントン・ポスト紙/ABCが2月20~24日に実施した世論調査を基に、経済政策への支持率がマイナス21ポイント差だった点に注目。これは、カーター政権下でインフレ率が10%超に加速した1978年以降で最大だといいます。
一般教書演説の舞台となる上下院両院合同会議の議場は、2月24日からロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、ウクライナ国旗やブルーとイエローを身にまとった議員などで溢れました。「ウクライナと共に(stand with Ukraine)」を体現したかたちです。バイデン氏の一般教書演説も、まずはウクライナ情勢からスタートし、米国が一致団結したウクライナを支援する立場を強調した格好です。
画像:ウクライナ系米国人のビクトリア・スパルツ下院議員(中央)と、マーシー・カプター米下院議員(民主党)、左は共和党のスティーブ・スカリス院内幹事
事前に米国疾病予防管理センター(CDC)がマスク義務化を解除していたため、壇上に立つバイデン氏を始め議員から最高裁判事など、そろってマスク無しで出席していたことも、印象的。米国がパンデミックから次の段階へ移行した証左と言えるでしょう。
バイデン大統領の一般教書演説の主なポイントは、①ウクライナ支援とプーチン大統領への非難、②米国の競争力強化(インフラ、中国を念頭に入れた競争法案成立)、③インフレ抑制――と捉えられ、内容は通り。
〇ウクライナ情勢
・プーチン露大統領が自由主義世界の根幹を揺るがすべく、威嚇的なやり方に屈服させようと考えていたが、彼は誤算を犯した。
・同盟国と共に、我々は強力な経済制裁を発動、ロシアの大手銀のクロスボーダー取引から締め出し、ロシア中銀が有する6,300億ドルの外貨準備高の活用を阻止し、テクノロジー関連の輸出禁止に動き、欧州の同盟国と共にオリガルヒのヨットや自家用ジェットなど資産凍結と差し押さえで協調している。
・30カ国と共に、6,000万バレル相当の戦略石油備蓄放出を決定(IEAの発表通り)。
・ロシア国籍航空委の米国への乗り入れ禁止を禁じる。
・我々は同盟国と共に、ウクライナに軍事的、経済的、人道的支援を提供する。
・ウクライナに10億ドル超の直接支援を行う。
・民主主義と独裁主義の戦いにおいて、民主主義国は今まさに立ち上がりつつあり、世界は明らかに平和と安全の側を選びつつある。
〇バイデン政権での1.9兆ドルの追加経済対策「米国救済計画法」について
・1.9兆ドルの米国救済法案は奏功した。
・前政権で成立した約2兆ドルの支援策は所得上位1%に利益をもたらしたが、1.9兆ドルの米国救済法は働く人々に資する結果となった(共和党がブーイング)。
・2021年だけで650万人の雇用が新たに創出され、同年の経済成長率は5.7%と約40年間で最高に。
〇インフラ投資雇用法について
・超党派の努力によって「インフラ投資雇用法」成立した。
・習近平主席に伝えたように、米国に賭けること以上に最上の賭けはない。
・電気自動車のための充電ステーションを50万カ所設置する(選挙公約通り)
・既に4,000件以上のインフラ計画が発表されているが、ここで高速道路6万5,000マイル(10.5万km)、橋1,500本の修繕計画を発表する。
・バイアメリカンを通じ、米国の生産者と雇用を支える。
〇中国を念頭に入れた米国競争法案の可決を要請
・中国やその他の競争相手と公正に競争するために、(半導体生産や製造業などの支援強化を盛り込んだ)米国競争法案の可決が必要。
チャート:米下院が可決した米国競争法案の主な内容
・この場に出席するインテルのゲルシンガーCEOは、同社の米国内投資を200億ドルから1,000億ドルへ引き上げると語った。
・フォードは全米で1万1,000台の電気自動車を生産、GMは70億ドルと過去最大のとうしを行い、ミシガン州で4,000人の雇用を生み出している。
・シェロッド・ブラウン上院議員(民主党、オハイオ州)は言う、中西部の通称「ラストベルト」を葬るときだ。
〇インフレ抑制の手段
・インフレを抑制するには、賃金ではなくコストを下げ、米国内で半導体や自動車を生産し、海外に依存しない供給網を構築することが必要。
・インフレ抑制手段は以下の4つ
①処方箋薬の価格引き下げ
②エネルギーコストの引き下げ(年平均500ドルのコスト削減)
>エネルギー効率化に向けた税額控除の導入
>太陽光や風力など再生可能エネルギー発電量を2倍に引き上げ
※原子力発電には言及せず、選挙公約には明記し22年度の予算教書では予算増額を提示。
>電気自動車の価格引き下げ(ガソリンを使用しないことで月80ドルのコスト削減に)
③養育費の引き下げ
>中低所得者層向けの住宅提供、就学教育前の教育無償化(選挙公約と変わらず)
>年収40万ドル以下には増税せず(選挙公約と変わらず)
・企業が競争に直面しなければ利益が増大し、価格も引き上げ、パンデミック下で海外企業が最大1,000%も価格を引き上げ、利益を拡大させた。こうした企業に対する取り締まりを強化する(既に1月、バイデン政権は寡占状態にある食肉加工業の競争を促進すべく、10億ドルの資金を追加経済対策から割り当て)。
チャート:米1月CPI、前年同月比は7.5%と約40年ぶりの高い伸び
〇財政赤字
・家計のコスト削減は、財政赤字縮小につながる。
・税の抜け穴を塞ぎ、財政赤字を2021年度から半減させる。
〇その他
・最低賃金15ドルへの引き上げと有給休暇の拡充を盛り込んだ「給与公正法案(Paycheck Fairness Act)」を可決すべき。
・「コロナと共に生きる」のではなく、コロナとの戦いを継続させる―①ワクチン接種(ブースター含む)と治療薬の活用、②新たな変異型への備え(そのためのワクチン準備)、③経済活動を継続させるための(学校含む)予算割り当て
・警察改革、犯罪防止策の強化(警察予算を活用した訓練の強化、警察官のボディカメラ装着の徹底など)
・選挙会改革法の成立(少なくとも共和党知事州を中心とした全米19州で投票権の制限を課す州法が成立するなか、投票者の権限を守るための取り組み、選挙結果を保護なども含み、これは一部共和党議員も支持、同法案の成立は1月19日、共和党によって阻止された)
チャート:投票制限を課した州一覧
〇メディアによるヘッドラインは以下の通り、ウクライナ一色に
・ワシントン・ポスト紙「バイデンの一般教書演説、ロシアに対する結束を称賛しつつ国内での一段の結束を要請(Biden’s State of the Union applauds unity against Russia, seeks more unity at home)」
・ニューヨーク・タイムズ紙「バイデン、ロシアを非難し民主主義を推進(Biden Condemns Russia and Promotes Domestic Agenda)」
・FOXニュース「(Biden gaffes in State of the Union speech, mixes up Iranians and Ukrainians)」
・CBSニュース「バイデン、一般教書演説で共通の問題を取り上げ、ロシアはウクライナ侵攻に「高い代償」を払うと言及(Biden uses State of the Union to push “unity agenda” and says Russia will pay “high price” for Ukraine invasion)」。
・NBCニュース「バイデン、一般教書演説でプーチンを猛批判、歳出法案の復活も狙う(Biden uses State of the Union to blast Putin, look to revive stalled domestic agenda)」
・ロイター「バイデン、ウクライナを前に米議会で結束、プーチンに釘を刺す(Biden rallies Congress behind Ukraine, says Putin has ‘no idea what’s coming’)」
・サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙「バイデンの一般教書演説、ウクライナが大半を占めるも中国も忘れず(Ukraine dominates Biden’s State of the Union but China is not forgotten)」
・RT「バイデン、プーチンに代償を払うと宣言(Biden declares Putin ‘must pay a price’)」
・タス通信「バイデン、ウクライナの作戦が予め計画されたものと発言、外交解決を拒否したとも言及(Biden: Ukrainian operation was premediated)」
――ほぼ事前に報道された通りの内容です。今回の一般教書演説でのキーワード登場回数は以下の通りで、各報道のヘッドライン通り「ウクライナ」が20回とトップとなりました。米国で問題視されつつ、バイデン氏の支持率低迷の直接の要因となる「インフレ」は、6回にとどまっています。具体的なインフレ抑制策への言及がなかったためでしょう。
〇最も使用された言葉
・ウクライナ 20回
・ロシア 18回
・NATO 6回
・インフレーション 6回
・中国 2回
途中、バイデン氏は「ウクライナ人」を「イラン人」と言い間違える場面がありましたが、プーチン氏を名指しで批判し、その度に参加した議員が拍手喝采で迎えるなど、米議会のウクライナ支援への結束を物語りました。ただし、肝心の「結束(reunite)」という言葉は1回しか登場せず。また、再生可能エネルギーを2倍に引き上げるとしつつ「原子力発電」にも言及していませんでしたが、2021年にも触れていないため、深読みする必要はないのかもしれません。
言及しなかったと言えば、バイデン政権が2021年に強化したインド太平洋の枠組みについても発言しませんでした。日米豪印のQUADだけでなく米英豪のAUKUSも立ち上げ、対中包囲網を構築する陰で、米国民へのメッセージとしてこれを盛り込まなかったのは、個人的には意外でした。この方が指摘するように、英フィナンシャル・タイムズ紙が中国によるウクライナ停戦の調停に乗り出せば、米欧が中国に貸しを作ってしまうだけに、敢えてバイデン氏は口をつぐんだのでしょうか。2021年の施政方針演説は約70分に及んだ半面、今回は約60分と2000年のクリントン氏以来で最短でしたから、言及する時間はあったと思うのですが・・・。
問題のインフレ抑制案については、言葉にこそ出さなかったものの「より良い再建法案」を推進を意味します。バイデン氏は1月の段階で妥結できる項目ごとに分割して成立させる意思を示唆していましたが、民主党の中道派マンチン上院議員が立ちはだかるだけに、大規模な歳出は望めそうにありません。また、同議員が鉱業が盛んなウエストバージニア州なだけに、気候変動対策で妥協を迫られかねず、その道のりは平坦ではなさそうです。何より、マンチン氏は一般教書演説に出席しつつも、共和党側の席を陣取っていましたから・・・。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年3月2日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。