ウクライナ原発攻撃をめぐるプーチン発言は根拠のない言いがかりだ(金子 熊夫)

NHKより

外交評論家、元外交官、初代外務省原子力課長、元東海大学教授 金子熊夫

ロシアのウクライナ侵攻が益々エスカレートしている中、ロシア軍がウクライナ東南部にあるヨーロッパ最大規模のザポリージャ原子力発電所を攻撃、制圧し、さらに東北部にあるハリコフ原子力研究施設(1928年創設の由緒ある研究所)へもロケット攻撃を加えつつあると報道されている。

プーチン氏「ウクライナ核保有」主張 原発制圧を正当化
プーチン大統領 「ウクライナ 核兵器を取得しようとしている」
ロシア軍、核の研究施設にロケット攻撃か 「敷地内に着弾」との情報
「ハリコフの核物質施設に砲撃」  ウクライナ原子力規制当局

ところが、報道によれば、ロシアのプーチン大統領は、「ウクライナが核兵器を取得しようとしているから見過ごすわけにはいかない」とか、「汚い核爆弾」(dirty bombs)を製造しようとしている」等として、攻撃を正当化している。しかし、以下の理由により、プーチン発言は明らかに間違っており、根拠のない”言いがかり”といわねばならない。

すなわち、ウクライナのこれら施設に対しては、IAEAが核不拡散条約(NPT)に従って「全面的保障措置」(いわゆる核査察)を実施しており、国際的に適正に管理・監視されているのである。

周知のように、ソ連が崩壊した時点(1991年)で核兵器はロシア、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンの4つの国に分散する危険性があった。とくにウクライナに配備されていた核兵器については、 ロシアとの間で問題が続いていたが、米国が積極的に動き、1994年1月に米国、 ロシアとウクライナの大統領が、ウクライナの核兵器を全てロシアに移動させるという 3ヵ国間の共同宣言を締結し、 さらに米国、英国及びロシアはウクライナの安全保障に関する覚書を交わした。 (筆者自身は、この時期退官していたが、しばしば訪欧し各国やIAEAで関連情報を直接収集した経験がある。)

その結果、ロシア1国がソ連を継承して核兵器国となり、他の3か国は非核兵器国としてNPTに加盟することとなった。ウクライナは1994年12月にNPTに非核兵器国として加盟し、同条約第3条に基づく「フルスコープ保障措置」(すべての核物質に対してIAEA査察を受け入れる義務)を受け入れているわけだ。なお、ウクライナは戦略兵器制限条約(START- l)についても1994年2月に批准している。

これらのことをプーチン氏は知らぬはずはないのに、ウクライナを疑っているということになるが、これは明らかに根拠のない”言いがかり”で原子力発電所攻撃を正当化しようとしていると言わざるを得ない。

もしこのような主張を黙認すると、将来例えば中国かロシアが勝手に日本の核武装を疑って、日本の原子力発電所や研究施設にミサイル攻撃を仕掛けてくることもありうるのではないだろうか。

ちなみに、被爆国である日本は、非核三原則で核兵器の製造も保持も自ら断念し、その上で、NPTを批准(1976年)し、IAEAによる最も厳しい査察(フルスコープ保障措置)をすべての原子力発電所や施設の核物質に対して誠実に受け入れている。そして、このことは常にIAEAによって高く評価され、国際的にも広く認められているところである。

にもかかわらず、もし今回のプーチン発言のようなことがまかり通ることになれば、国際法秩序は根底から崩れることになり、日本とても到底安心してはいられなくなるわけだ。決して他人事ではない。

この際、プーチン発言の重大な誤りを声を大にして訴えるべきで、絶対にこれを黙認してはいけない。