河井克行という病:『おもちゃ 河井案里との対話』

小林 武史

「私は、自分の政治的基盤を固めるために妻をダシにしました」

(2021年3月24日、東京地裁104号法廷。河井克行第48回公判)

「リベラルという病」「新聞という病」「会社という病」を始め、「~という病」という名の書籍が巷多く出版されている。全ての裁判を傍聴し、妻の河合案里とのインタビューを元に著者が世に送り出した本書「おもちゃ」を一読すると、裏テーマとして河井克行とは何者なのかという疑問に突き当たる。その時々で態度や発言が変化する案里に対して、夫の克行は悪党の役回りを終始貫いている。

二人の生い立ちから始まり、馴れ初めを経て権力の階段を上り、やがて絶頂期からの転落までを描く本書はまさに、脚本・河井克行、主演・河井案里といっても過言ではないのである。

「河井克行という人間とかかわると、みんな不幸になる。キミも気をつけなさい」

克行のもとを離れたかつての後援会最高幹部は、当時の秘書にこう警告したという。

部下である秘書へのパワハラは永田町では有名な話で、評者も噂で聞いていた。

しかし、本書を読むと犠牲者は克行の部下に留まらない。彼を取り巻く後援者、同僚、ライバルだけではなく、案里の家族にまで至る。著者は案里の父と母に会うため宮崎まで赴き、克行に対する不信感の底流を探し当てる。

「ただし、選挙期間に入ったらカネは一切触らないのがわしの主義だから」

克行と案里の共通の恩人として、広島県政のドンと言われるベテラン県議会議員の檜山俊宏が何度も登場する。著者は事件後にインタビューを申し込むが、一度は檜山に断られる。しかし、そこで諦めずに広島の自宅に押しかけると一転、檜山は6時間もインタビューに応じる。

資産家でもあり政治経験も豊富な檜山は、慣習として地域に根付く現金配布や供応を長年行ってきたことを躊躇うこともなく公言する。そして克行、案里夫妻はそんな檜山から政治のいろはを学ぶのだが、檜山には檜山のルールがあり、決して法律の一線を越えないことを旨としてきた。しかし、二人はその微妙な境目を見誤り、克行は敢えて踏み越え、県政界全体を揺るがす一大スキャンダルの導火線に火をつける。

「平本の奥さんも大変なんですよ、精神的におかしくなっちゃって。~(中略)~普通、奥さんが議員から何か渡されたら、突き返せませんよ」

広島県議会議員の平本は、直接カネを受け取っていない。本人のいないところで、案里が半ば強引に平本の妻に押しつけ現場を立ち去ったのだ。結局、返すタイミングを逸した平本は事件の当事者となる。断り切れなかった平本の妻の心労は想像するに余りある。

また、末期がんの妻を介護する同僚の県議会議員も登場する。その他にも出てくるのは地域の顔役など、筆者の言う通り「証言台にたつのは雲上人でも巨悪でもない」。毎日近所で挨拶を交わす、ごく普通の隣人たちであった。

広島を、そして日本を騒然とさせた事件の本質は、どこでも誰にでも起きうるということを筆者は強調する。

著者はこれまでの「無敗の男」「地方選」の時と同様、本書も多くの関係者を訪ね、丹念な取材を積み重ね、事件報道や世論調査からは浮き上がってこない当事者の生の声を拾い上げてきた。

主演・河井案里とは何者なのか。そして、主演女優を舞台の上で踊らせた河井克行という名の病根にまで迫ることで、日常生活では善人であるはずの登場人物一人一人が内面に抱える人間の弱さを鮮やかにあぶり出す。