今日は、先日ロシア軍によるウクライナ侵攻について投稿した記事に関するコメントの中でいただいたご質問にお答えしたいと思います。
ご質問:気になるのはドイツの動きです。長く露中寄りで来たメルケル政権から変わった途端、この事態に反ソを鮮明にして、ロシアからの天然ガスのルート、ドル決済手段まで断つとなると、原発を維持しても自殺行為ではないかと思われます。しかも軍備の増強路線に転じて。
80年ぶり?の熱いドイツに深い不安を覚えますが、どのように理解すべきか、お考えをお聞かせいただけませんでしょうか。
お答え:私もドイツは自滅に至る道をひた走っていると思います。
ただ、たまたまロシア軍によるウクライナ侵攻が、ドイツ国民のあいだに根深く存在していた反ロシア感情を刺激したために起きた激情ゆえの行動とは見ていません。
これは、1980年代末から90年代初頭に起きたソ連東欧圏の崩壊まで、さかのぼるべき話だと思います。
当時まで大陸ヨーロッパ諸国では安定した勢力を維持してきた社会民主主義左派から共産党系シンパの政治家たちの中で、権力志向の強い人たちはほぼ一斉に「緑の革命」派に鞍替えしました。
ソ連東欧圏の後ろ盾なしに先進国で社会主義革命や共産主義革命をやりおおせる見こみはほとんどないが、緑の革命なら権力を取れるかもしれないと思ったのでしょう。
そのころからじわじわと伏流していた事態が、今回の事件で一挙に露呈したのだと見ています。
ドイツは世界大戦以外でも3度アメリカに敗戦した
ウォール街で金融の実務を経験してから経済史家となったマイケル・ハドソンという人がいます。専攻は債務の歴史ですが、「古典派経済学の正統な継承者でありながら、マルクス主義者でもある」と自称して、なかなかおもしろい主張をくり広げています。
まあ、彼の中国観はあまりにも美化されて、現実の中国とはまったくかけ離れたものになっていますが。
彼の最近の文章に、「ドイツ(およびNATO加盟諸国)は、第二次世界大戦以降もアメリカに3度敗北した」と書いてあって、なるほどと思わされました。
彼によれば、アメリカの起業家たちの飽くなきガリバー型寡占企業による帝国創設願望は、第二次大戦後も3回、ヨーロッパを席捲したというのです。
第一波は終戦直後から1960年代までの軍産複合体(Military-Industry Complex、MIC)であり、第二波は 1970~80年代の石油・天然ガス・原子力・鉱業といった資源産業(Oil-Gas-Atomic Energy-Mining、OGAM)であり、第三波が1990年代以降の金融・保険・不動産(Finance-Insurance-Real Estate、FIRE)だというのです。
第一波については、敗戦国として東西に分割され、自前の軍備を持つことさえ禁じられていたドイツが軍産複合体の寡占化競争で負けたのは、当然でしょう。
でも、その負け方として、ドイツ国民の場合どうも「戦争に負けて圧倒的に弱い立場のうちに武器を取り上げられてしまったのは、不公平だ。なんとか一人前の国家としてもう一度武器を持って戦いたい」という怨念があったように感じられます。
一方、日本国民の大部分はすなおに「もう国際世論も戦争はいけないと言っていることだし、武器を持ってもムダだからその分経済復興に集中しよう」と考えていて、あまり強烈な敗北意識は持たずに済んだと思います。
第二波もまた、もともと世界有数の資源国であり、第二次世界大戦中の中東地域で強固な利権を確立してしまったアメリカに対して、ほとんど自国の天然資源を使い果たした末に負けたドイツでは、勝負になりませんでした。
ここでもまた、ドイツ国民は不平等すぎる競争条件を嘆きつづけ、日本国民は「資源は全部輸入でも、そこにどんな付加価値をつけるかで競争すればいい」という健全な割り切り方ができていたと思います。
第三波にいたっては、アメリカの起業家たちがどんな分野に進出してもガリバーとして帝国を創設したがるほうがむしろ、異常な行動様式なのだと思います。
そもそもサービス業全盛の世界では、金融にしろ、保険にしろ、不動産にしろ、ガリバー型寡占が成立するほどの規模の経済は働かないはずの分野なのに、強引にたった1社が帝王としてふんぞり返る産業ばかりイメージして市場全体を征服しようとするからです。
そういう競争には参加せずにいたほうが、はるかに消費者にとっても優しく、経営の持続性も高い企業が育つと思います。
でも、どうしても2度の世界大戦で2回とも負けてしまったドイツとしては、なんとか経済ではアメリカの土俵に乗った上で勝ちたい……と思っているうちに、経済のサービス化そのもので後れを取ってしまったのが現状でしょう。
もう決定的な差を付けられたまま、遅れた製造業主導型の経済をどう平和な長い衰退の道に誘導するか、派手にひといくさして花と散るかの選択しか残されていなかったのが、今世紀初頭のドイツだったと思います。
地球温暖化危機説がドイツでうけるわけ
じつは、こう考えるとどうして「地球温暖化は危機であり、その元凶は人類が排出する二酸化炭素量が多すぎることだ」という不思議な理論が、とくにヨーロッパ大陸諸国で一世を風靡しているのかがわかってきます。
圧倒的に埋蔵量が偏っている化石燃料を使ってはいけないということになれば、その燃料をほとんど産出しない国でも、産出する国とのコストを平等化できるからです。
それにしても、いちばんコストパフォーマンスがいいからこそこれまで使われてきた化石燃料を全廃しようというのは、ほんとうにカネのかかることです。
たまたま、ロシア軍によるウクライナ侵攻というショッキングなニュースとほぼ同時に報道されたため、まるでロシアに対する経済制裁の結果であるかのように報道する向きもあったユーロ圏諸国の今年2月のインフレ率データをご覧ください。
ヨーロッパ諸国のインフレ率上昇は、決して経済制裁の結果ではなく、少なくとも半年前からかなり長期にわたってじわじわ進行していた事態だとわかります。そして、加速が顕著だったのは、エネルギーと季節変動の激しい未調理食材だけであり、エネルギー価格の高騰は去年9月の時点ですでにすさまじいものだったこともはっきり出ています。さらにユーロ圏内の国別で見ると、以下のとおりです。
インフレ率がとくに高くなっていたのは、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国と、ベルギー、ルクセンブルクです。
いずれも、太陽光発電や風力発電の普及に熱心な国々です。
一方、ほぼ一貫してインフレ率を低めに抑えていたのは、脱炭素化は目指しながらも原子力発電への依存度が高いフランスでした。
ドイツは、この国別の表ではユーロ圏全体の平均値より低めのインフレ率で済んでいますが、去年の2~3月異常な厳冬で太陽光発電の稼働率がほぼゼロまで落ちこんだとき以来、電力料金の上昇ぶりは驚くべきペースで進みました。
このグラフを見たときの第一印象は「家族ぐるみであこぎな新興宗教に入信してしまったとしても、こんなにべら棒なコストはかからないだろう」というものでした。
ぎりぎりの生活費でやりくりしている世帯にとって、たった1年で電力料金がほぼ4倍という事態にいったいどう対処できるのか、ほんとうに気がかりです。
ロシアのウクライナ侵攻で事態はさらに悪化
なお、ロシア軍のウクライナ侵攻は、この化石燃料から「再生可能」エネルギーへという転換をさらにコストの高いものにすることは確実です。
イラク軍によるクウェート侵攻から実に32年ぶりに、いわゆる地政学的な事象によって原油価格が1週間のうちに2ケタの値上がりとなったのです。
世界中で「緑の革命」派が優位を占める国が増えました。その結果、昔であれば「供給削減による値上げを狙っている」と非難されていたオイルメジャーによる原油や天然ガスのリグ(掘削機)の基数削減が、逆に化石燃料依存度を低める善行と賞賛される風潮となっているのも、今回の原油価格暴騰を招いた一因でしょう。
エネルギー資源に対する需要が突然増加するようなことがあれば、価格が暴騰する下地はできていたのです。
アメリカは、経済制裁としてロシアからの原油・天然ガスの輸入を全面ストップすることを主張しています。
さすがにドイツを始めユーロ圏諸国は、現状でロシアからの天然ガス輸入が途絶えた場合のエネルギー価格の上昇がどこまで深刻になるか見当もつかないため、そこまでは踏み切れないようです。
ただ、EUの「大統領」に当たる欧州委員会のウルスラ・フォンデァレーイェン議長などは、「化石燃料依存から脱却するいい機会だ」と述べていますから、庶民にとって電力料金の高騰がどんなにきついものかなどはまったく眼中にないのでしょう。
「再生可能」エネルギーはコスト高
いわゆる「再生可能」エネルギー源を多用する国ほどエネルギーコストは高くなる傾向があります。
まず、総エネルギー使用量と発電量に占める風力・太陽光・水力の比率を比較してみましょう。
総エネルギー使用量でも、発電量でも、EU圏とイギリスで再生可能エネルギー依存度が高くなっています。そして、世界的に見て電力料金が割高なのもやはりヨーロッパ諸国です。
なお、このグラフではイギリスの電力料金は日本と同じ26セントとなっています。ただ、イギリスも去年の厳冬で風力発電の稼働率がゼロになってから急激に電力料金が上がたので、現状では日本よりはるかに高くなっているはずです。よく「今はまだ割高でも風力発電用タービンや太陽光発電パネルの製造量が増えれば、量産効果で規模の経済が働き、電力料金も画期的に下がる」という議論を耳にします。
これは、「再生可能」エネルギーの根本的な欠陥をまったく認識していない主張です。
風力発電も太陽光発電も、自然条件に恵まれなければ作動しません。そして、こうした発電法に適した土地は限定されているうえ、もし設置したら高い稼働率が見こめるところから設置は進んでいきます。
いちばん適地を探しやすい初期の段階で平均稼働率が10~20%なのです。だんだん適地が少なくなっていったときにどんな土地に設置しなければならなくなるかを考えれば、普及が進むほど稼働率は下がると考えるべきです。
人類は、日照時間を長くする技術も、風向や風力を風力発電向きに都合良く調整する技術も持ちあわせていません。
「緑の革命」派の主張が悲劇的なのは、彼らが言うところの「再生可能エネルギー源」なるものは、投入されたエネルギー量を回収する見こみがほとんどないことです。
太陽光発電パネルについてはまた別の機会に詳しく論じますが、風力発電については次の文章がその無意味さを的確に表現していると思います。
しかも、人類はすでに消費エネルギー量を縮小しながら豊かに暮らす段階に来ているのです。
サービス業主導経済ではエネルギー需要は自然に減っていく
まず、次の2枚組グラフの上段をご覧ください。
欧州諸国の1人当たりエネルギ消費量は、国際金融危機直前をピークに減少を続けています。その後、経済活動自体は回復しても、エネルギー消費量の低下傾向は変わっていません。一方、アジア・太平洋諸国は、おそらくコロナ騒動の影響で経済活動が停滞した2020年をのぞけば、ほぼ一貫して1人当たりエネルギー消費量が増えています。エネルギー問題の専門家たちは、「ヨーロッパ諸国の経済成長率が低下しているのは、アジア・太平洋諸国にエネルギー資源の獲得競争で買い負けているからだ」と言いたがります。
だれしも自分の専門分野の重要性が下がるのは嫌ですから、当然の主張でしょう。
ですが、ヨーロッパや日本で1人当たりのエネルギー消費量が下がり続けているのは、経済全体がサービス化しているので、豊かになるために多くのエネルギー資源を消費する必要がなくなったからです。
アジア・太平洋地域の中でも中国、インド、パキスタン、インドネシアといった人口の多い国々は、まだエネルギー消費量を高めなければ豊かになれない状態の経済にとどまっているというだけのことです。
先進国の中でもアメリカやカナダやオーストラリアは、国民の9割以上が自動車なしではほとんど陸上移動ができないほど不幸な社会に住んでいるので、あまりエネルギー需要は下がりません。
ですから、電力料金はヨーロッパ諸国ほど上がらなくても、ガソリン代の高騰で家計にかなり大きな被害が出ます。
そういうかわいそうな国々をのぞけば、社会全体が豊かになるにつれてエネルギー消費量は減少していき、「エネルギー資源の枯渇」とか、「エネルギー消費にまつわる二酸化炭素排出量の増加」といった問題もどんどん重要性が下がっていくのです。
ヨーロッパ諸国について言えば、これまでは二酸化炭素排出量も少なく有害ガスなどはほとんど出ない天然ガスを、ロシアからのパイプラインで割安に買えていました。
その結果、どこから輸入するにしても割高な液化天然ガスの海上輸送に頼らなければならなかった日本や韓国よりずっと恵まれた立場にありました。
そのへんの事情をよく表しているのが、ロシア+(旧ソ連内の諸国)による天然ガス輸出量が、常にヨーロッパ諸国の天然ガス輸入量の8~9割に達していたという下段のグラフです。
ロシアによるウクライナ侵攻への経済制裁としてロシアからの天然ガス輸入を禁止するのは、おそらくロシアよりヨーロッパ諸国にとって深刻な打撃となるでしょう。
中でも、ドイツが今までどおり化石燃料も原子力発電もダメで、「再生可能」エネルギーだけで電力需要をまかなうという姿勢にこだわれば、ほぼ間違いなく緑の自滅の時期を早めることになるでしょう。
ドイツの敗戦はとくに3度目が悲惨になる
さて、FIREすなわち金融・保険・不動産業におけるガリバー型寡占化競争での敗戦ですが、これはドイツにとってとりわけ悲惨な負け方になりそうです。
大ニュース満載の2月最終週から3月第1週に出たので、あまり大きく取り上げられていませんが、ドイツ銀行の株価が尋常ではない下げ方をしています。
ご覧のとおり、2月10日から3月8日のほぼ1カ月で、ドイツ銀行の株価は38%下落しています。とくに下落幅が大きかった2月24日には、1営業日で約2200万株の大商いとなりました。ドイツ銀行と言えば、世界中のシステミックに重要な銀行の中で、最大のデリバティブの想定元本を抱えている銀行です。なお、システミックに重要な銀行とは、金融当局としてはどんな手段を使ってもとにかく潰さないようにしなければならない銀行のことです。そして、ドイツ銀行はシステミック・リスクの王者とでも言いたくなる存在なのです。
ここに登場するたいていの銀行は、自行が相手行に与える影響のほうが大きいことも、相手行から受ける影響のほうが大きいこともある資産内容になっています。ところがドイツ銀行の場合、全方位で自行が相手行に及ぼす影響のほうが、相手行から自行が受ける影響より大きいと推定されているのです。
この銀行が破綻することがあれば、その影響は計り知れないものがあります。
ドイツ政府が「再生可能」エネルギーに固執し、エネルギーインフレがハイパーインフレを招くといった事態になれば、ありえないことはありません。
編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年3月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。