トランプ前大統領は12日夜にサウスカロライナ州で行われたセーブ・アメリカ集会で、目下ウクライナで進行している戦争に対するバイデン大統領のアプローチを痛烈に批判する中で、「この残忍な侵略を止めさせる手伝いが必要だ(we need to help stop this brutal invasion)」と述べた。
トランプは、アフガン撤退の失敗やプーチンのウクライナ侵攻を許すなどしたバイデン政権の弱腰を非難、「バイデン政権の悪臭は世界中に広がっている」、「我が国の歴史上、これほど低い地位はなかった」と述べ、バイデンがオバマ前大統領の背後からの指導に従ったことが、ウクライナと世界にとって致命的な損害を与えたと続けた。
演説は、後に撤回したNord Stream 2の制裁免除やベネズエラの「残忍なマドゥロ政権の足元にひれ伏している」バイデンのエネルギー政策批判に及び、「我々の偉大なエネルギー工場を、かつてないほど掘削し、汲み上げ、精製しなければならない」とし、さもなければ米国はロシアの石油への依存を終わらせることはできないだろうと述べ、シェールガスの増産に触れた。
さらにトランプは、この事態が「第三次世界大戦につながる可能性がある」と述べ、プーチンには「話をする相手もいないんだ」とし、自分が大統領だったらプーチンは戦争を始めなかっただろう(Putin would have never started a war with Trump in office)とも述べたが、24年の大統領選出馬については次のように述べて、寒さと雨の中の大勢の支持者を焦らした。
今年こそ下院を取り戻し、上院を取り戻し、アメリカを取り戻す。そして2024年には、あの美しい、美しいホワイトハウスを取り戻す。誰がそれをやるんだろう、どうだろうね?
トランプは「この中間選挙の年に倒すべきは民主党だけではない」とし、「この秋の投票所で民主党、社会主義者、共産主義者を倒す前に、まず今年初めの予備選挙でRINOsと大物議員を倒さなければならない」とも述べた。「RINOs」とは「名前だけの共和党(Republican In Name Only)」のこと。トランプは昨年1月のトランプ弾劾に賛成した共和党議員などに対してこの語を用いる。
サウスカロライナでの集会で「RINOs」を糾弾した訳は、同州の共和党トム・ライス議員がその一人だからだ。先月、ライスの対抗馬ラッセル・フライ下院議員を支持したトランプは、この集会でライスを「災害」「完全な愚か者」と批判した。ライスも集会後の声明でトランプを「暴君予備軍(would be tyrant)」 と呼び応酬した。
その最たる象徴のトランプに加えて、新型コロナでもウクライナ紛争でも、今の米国はあらゆる事象で左右の分断が生じている。否、分断は左右のみならず同陣営内にもあるし、逆に極左と極右が正反対の理由からひとつの政策で結論が一致するという珍現象も起きている。
例えば、最近発表されたQuinnipiac大学の全米成人調査によるゼレンスキーの評価は、64%が「好意的」で「好まない」は6%だった(29%は「判らない」)。共和党員でも61%が「好意的」で「好意的でない」は6%という結果だった。
だが、隣のノースカロライナで共和党のマディソン・コーソーン下院議員は10日、ゼレンスキーを「チンピラ(thug)」と呼び「ウクライナ政府は信じられないほど腐敗している」と支持者に語った。『WRAL-TV』がこのコメントを報じて1時間後、彼は発言を撤回、プーチンには「うんざり(disgusting)」する、「ウクライナとウクライナの人々のために祈っている」とツイートした。
このコーソーン発言に対立候補の1人、ミシェル・ウッドハウスは、彼のゼレンスキー批判は常識外れで「野暮ったい(boorish)」と指摘し、またチャック・エドワーズ同州共和党の上院議員も「はっきり言っておく。凶悪犯はプーチンだ」とツイートした。
これを報じた『WRAL-TV』がノースカロライナのNBC系列局であるせいか、「先月、トランプがプーチンを、“賢い”“天才”と呼び、この問題で居心地の悪い立場に立たされた共和党議員もいる」と書く。つまり、この記事は、そのトランプ発言が2月24日の全面侵攻前の22日になされ、26日のCPACでは侵攻を批判していたことには触れていない印象操作記事ということ。
世論調査といえば、13日の議会メディア『The Hill』も最新の『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』の調査では、2024年にバイデンとトランプが争うと仮定した場合、有権者の45%がバイデンを支持し、45%がトランプを支持することが判明しているとしつつ、次のように書いている。
この世論調査ではトランプの政治的回復力を驚くほど思い知らされる。前大統領は2度弾劾裁判にかけられた-1度はウクライナとの怪しげな取引で、2度目は1月6日の暴動を扇動したことで。彼はまた、偏向しているとしてソーシャルメディアのプラットフォームから追放された。それにもかかわらず、彼は現職の大統領を倒すためにデッドヒートを繰り広げている。
だが、トランプの2度の弾劾裁判は何れも無罪放免だった訳だから、罪のない彼を2度もお白州に引きずり出した「ナンシー・ペロシの政治生命をきっぱりと絶つのだ」とトランプが集会で吠えるのも宜なるかな。むしろ疑惑の矛先はヒラリーに向けられつつあることは既報の通りだ。
最後に極左と極右の奇妙な意見の一致の話。米国通なら誰もがイルハン・オマルやマージョリー・テイラー・グリーンの名を知っていることだろう。前者はアレキサンドラ・オカシオ・コルテス(AOC)と並んで民主党左派を象徴する、後者はトランプを熱烈に支持する、何れも若手の女性下院議員だ。
事態は、先週のウクライナ侵攻をめぐるロシアの石油輸入禁止と更なる制裁を求める決議で、民主党のオマルら2名とグリーンを含む共和党保守派15名が反対票を投じて起きた。前述のWSJ調査では79%が、ガソリン価格が上昇してもロシアの石油輸入禁止を支持しているにもかかわらずだ。
オマルは、この行動がロシアとヨーロッパの人々に「壊滅的な影響」を与えるという懸念から反対したと述べ、この制裁が戦争を仕掛けているクレムリンの指導者に本当に打撃を与える(hurt)ことになるのか疑問を呈した。
一方の共和党右派グリーンらは、ロシアの石油輸入を禁止すれば、米国のガソリン代が更に高くなり、ベネズエラなど独裁国家が率いる他の石油国に依存する可能性があると警告した。
ロシアの人権侵害に対する制裁やWTO加盟見直しも含まれるこの法案には、414人の下院議員が賛成票を投じて容易く通過した。が、民主党オマルと共和党グリーンの離反は、米国の介入主義への警戒感が極左と極右の間で一致する珍しい分野であることを浮き彫りにした。
バイデンは11日、米国とNATOの同盟国はウクライナでロシアと直接衝突することはないと述べ、そのようなシナリオは「第三次世界大戦」であると表現した。一方のトランプは、そうしたバイデンの弱腰を「第三次世界大戦につながる可能性がある」と批判する。
どちらの言い分が正しいかは、まさにプーチンの「胸三寸」だが、トランプが「話をする相手もいないんだ」というプーチンとトランプのケミストリーが合うことは間違いないように思う。