「カーボンニュートラル もうひとつの”新しい日常”への挑戦」巽直樹 (著)

野北 和宏

過去にノーベル経済学賞受賞者のウィリアム・ノードハウス教授の「気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解」という分厚い本を読みました。

進まない温暖化対策への緊急提言として「さらなる経済成長と地球温暖化の防止は両立できる」との主張に、なんだか悶々としていました。

そこでは、「イノベーションの死の谷」として研究で生まれたイノベーションのうち、実際に市場にたどり着けるものはほんの一握りだということで、研究開発の継続は必須だけれども、CO2削減技術も「とらぬ狸の皮算用」にならないようにしないといけないとの教訓も書かれています。

核融合や再生可能エネルギーの開発で、メディアでは今すぐにでもそれら技術が使われるような錯覚に陥りますが、「実際に市場にたどり着けるものはほんの一握り」なので、それまでは既存の安定したエネルギー、例えば石炭火力を捨ててはいけないことだと受け止めました。

ノードハウス教授の結論は、経済学者らしく、炭素税の導入でCO2削減をしつつ、経済発展をするというものですが、エンジニアで研究者でもある僕にはピンとくるものがありませんでした。

それよりも、カルテックのプロボストも務められた、名実ともに科学者の頂点にいる、スティーブン・クーニン教授の「地球温暖化」の科学に警鐘をならす「Unsettled」に共感を覚えていました。

邦訳版は、杉山大志さんも関わって最近出版されたそうです。

スティーブン・E・クーニン (著), 三木 俊哉 (翻訳), 杉山 大志(その他)「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?

前置きが長くなってしまいましたが、今回書評する「カーボンニュートラル もうひとつの“新しい日常”への挑戦」は、経済学者の観点からの「カーボンニュートラル」に関するものですが、冒頭のノードハウス教授の「気候カジノ」とは大きく異なり、随所に科学者とエンジニアの視点から経済へ言及されていることが特徴だと思います。

冒頭でもクーニン教授の「Unsettled」を引用して、「地球温暖化問題についても「科学的に決着がついている」という話には、筆者は何年も前から懐疑的である」「陰謀論の類などではなく、むしろ気候変動問題に関わるさまざまな関係者が、自己の視点や利益などのためにそれぞれで動いた結果、心理学でいう「自己強化型の連携」が働いた」としています。

そして、クーニン教授と同じく著者も「クーニン教授の「民主主義社会では、気候変化に社会がどう対応するかは、最終的には有権者が決めること」が第一である」と明言されています。

総論では誰も脱炭素は良いことで反対はしませんが、いざ各論になって「脱炭素で一人当たり〇〇万円かかります。電気代は○倍になります」ということに直面したときには、政策は後戻りできません。それを防ぐためには、政策を決める政治家を選ぶ有権者が地球温暖化に関して科学的に正しい知識を持つことが必要最低条件で、メディアの危機感の煽りには冷静であることが必要です。

その点、本書は脱炭素に対して冷静に、そして科学者やエンジニアの立場も理解・共感しながら、経済へのインパクトを「脱炭素と経済成長のトレードオフ」の可能性として議論しているのに非常に好感を持てました。

具体的な本書の内容は各用語の定義や具体例がふんだんに紹介されており、経済学部やビジネスパーソンの教科書としての使用はもちろんですが、工学部の学生や専門の各技術を持つエンジニアの方々が、その専門以外で経済の動きを知るのに最適なものだと思いました。

僕自身、各研究開発分野(水素吸蔵合金であるとか、軽金属の研究など)の錦の御旗にカーボンニュートラル(CO2削減)を挙げています。でも、社会全体での、特に経済への寄与がどういうものになるのかに関しては素人であるため、きちんとした用語の定義や、カーボンニュートラルを取り巻く経済の動向に関して、本書はすごく勉強になりました。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。