ロシアのデフォルトとノーベル賞受賞の2人

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自らの知見と経験を活かして、人類史上最高の「夢のチーム」を作った。FRB副議長だったマリンズも参加、ソロモンブラザースのジョン・メリウェザーが中心になって作ったロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)がコネチカットに設立された。1994年のことだ。

当時、めでたくノーベル経済学賞を2人で受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンをハーバード大学とスタンフォード大学で直接筆者が取材した。2人共、新事務所で目を輝かせて、自信と将来への希望を語っていた。

(左)ロバート・マートン氏と筆者 (右)マイロン・ショールズ氏と筆者
筆者提供

筆者はその他にも、フリードマン、サミュエルソン、アジア初の受賞者のセン博士など10人ものノーベル賞受賞者をインタビューしてきたが、この2人は剽軽な面を持っており、親しみ易い人柄だった。

マイロンはMITに籍を置いたが早逝したブラック博士と組んで、有名な「ブラック・ショールズ方程式」を作り、世界の金融界に激震を与えた。一般人にとって小難しく抽象的な概念ではなく、すぐに使える実社会への貢献がかなり大きいと言われた。

実際に再訪した際驚いたのは、2人共他のディーラーと同じように、モニター画面をみて取引をしていたことだ。常識的に考えるとノーベル賞学者が、自らマウスを使って金融商品の取引をやっているとは、まず考えられなかった。

実際に日本の著名経済学者が、「あれだけ実学に傾き過ぎているのはいかがなものか」とオフレコで発言し物議を醸した。逆に「そんな綺麗ごとばかりを言うので、日本はノーベル賞が取れない」という批判も起きた。

LTCMはその有名度から、世界各地の金融機関、機関投資家や富裕層から巨額の資金を集めた。香港、クウェート、バンコク、日本からは住友銀行。有名大学、ハリウッドスター、ナイキのナイトなどの有名人も投資。総額は10数億ドルと言われた。

両博士らの金融工学に関する知識をフルに活用。実力と比較して割安と判断される債券を大量に購入、反対に割高と判断される債券を空売りするなどの作戦が成功。年間利回りは40%を超えて、運用資金総額は1000億ドルと言われるまでになった。

しかし、世の中は甘くなかった。4年くらい経過した1997年アジアで通貨危機が起き、その煽りもあって、翌98年ロシアの財政危機が起きた。ロシアは8月に短期国債の債務不履行を宣言した。LTCMはロシア国債が債務不履行を起こす確率は、100万年に3回と考えていたが、その予想は見事に裏切られ、ロシアは”大国”としては珍しくデフォルトを体験することになった。

LTCM破綻は世界の金融市場に大きな悪影響を与えると思われた。世界恐慌の可能性も指摘され、世界が救済融資をして、被害はかなり押さえられた。

今回のウクライナ戦争から開始された西側諸国による経済制裁。ドルなどの外貨準備が凍結されて、ロシアのドル建て国債が利払い期日を迎えた。

16日の時点で支払いはまだ終わっていないと報じられた。ロシア側は「支払いを指示したが、金融機関が取次をしない。管理する米国などの責任だ」と説明。さらに自国通貨のルーブルで支払いたい希望も表明したが、約束違反の勝手な支払い方法変更は許されず、このまま2回目のデフォルトになる可能性があった。今回は98年の危機と比べて、この展開はある程度予想されていたので、LTCMの破綻のような悲劇が起きる可能性は小さい。

17日になって通信社が、債券保有者がドルでの支払いを受けたと報じた。ロシア政府も利払いを実施したと発表しており、心配されたデフォルトは、いったん回避される可能性が高まった。それを受けてNY市場は、FRB利上げが景気を下押しすることもあり、一気に上昇し、417ドル高で取引を終えた。

だがロシアの国債は今後も利払いや元本返済の期限を相次いで迎える予定であることから、市場の警戒感は続く。

経済制裁の常だが、必ず制裁された側だけでなく、した方も返り血を浴びるのは間違いない。

人類史に残る今回の侵略、そして経済危機。日本を始め世界は、どのようにして乗り切るのだろうか。