ゼレンスキー大統領の米議会演説から考える日本での演説の中身

米連邦議会でオンライン演説をするゼレンスキー大統領
NHKより

「あ、また真珠湾だ。日本人が反応するだろうな・・・」ウクライナ大統領の米議会演説。世論に動かされ易い米国。より踏み込んだ軍事支援をお願いするため、彼は必死に一部英語も使って工夫しつつ熱弁を振るった。おそらくプロ広報のアドバイスもあっただろうが、使ったエピソードは「真珠湾」「9.11」「キング牧師の言葉」だ。3つ全てが米国人の胸に理屈抜きで深く突き刺ささる。

9.11で標的になったWorld Trade Center
筆者提供

約20年前、9.11発生を受けて筆者は現場に駆け付けた。米大統領を筆頭に、多くの米国人が「真珠湾」という言葉を引き合いに出した。それも自然に・・。

遠い世界のことはあまり関係なくて済む「孤立主義」の米国。前振りはあったが「自国領土」がいきなり外敵に攻撃を受けて、多数の米国人が死んだ。それを切っ掛けに全面戦争、総計50万人とも言われる犠牲者が出た事実が蘇り、自然に口に出たのだ。

一方の日本。なぜプーチンの不法なウクライナ市民への攻撃と、自国防衛の「真珠湾」が一緒にされるのか? 日本人のかなりが不快に思ったに違いない。不快に思う理由の一つは、確かに宣戦布告は遅れたが、攻撃は軍事施設関連だけで「民間人」は標的になっていないことだ。「無差別攻撃の9.11やウクライナ危機」と一緒にするなという考えだ。

真珠湾攻撃でハワイでは100人近い民間人、軍人は2千数百人の犠牲者がでた。その後の展開をみれば分かるが、別に日本軍は人道的な理由で民間人を目標にしなかったのではない。どこの国でもそうだが、あの攻撃を正当化できるような要因ではない。

その後日本を降伏させるため、さらにソ連への威嚇もあって原爆が使われた。その時、10万人以上のもの民間人が無差別に殺され、犠牲者の総計は300数十万人といわれる。

米側の死者数約10万人、真珠湾の2千数百人「以外」、日本では殆ど報道されない。真珠湾の2千数百人を言うなら、それは殆どが軍人。原爆の市民被害10万人以上をまず考えろという日本人もいる。

これまで一部日本人に信じられてきた陰謀論で、米国は事前に真珠湾攻撃を知っていていたものの、「日本にやらせた」などの説は、史実で証明できないことが判明、もう相手にされない。だが開戦となった「真珠湾攻撃」への復讐心や、9.11や今回のウクライナ虐殺と一緒にするな、という考えだろう。真珠湾とウクライナ侵略との共通点は、演説で使われた重要点だが「国際社会の反対が大きい」ということ。しかし一部日本人はそこも受け入れないようだ。お互いに納得できる結論など出ない平行線は、永遠に続く。

筆者は「真珠湾攻撃」については、50周年をはじめ、10年ごとに取材で取り上げてきた。つい数ヶ月前には「80周年」。米軍を中心に当事者や文書の深堀取材も終わらせた。米国人の一部には、その「傷跡」がまだ間違いなく残っているのだ。

海底に沈む戦艦アリゾナ上部を利用した記念館(手前)と、戦艦ミズーリ(後方)。
筆者提供

言えることは、はるか昔、81年前の出来事である真珠湾とは、米国人にとって「予想できなかった外敵からの攻撃」という「慣用句」的な意味で使われているのだ。これからも似たような攻撃を受ければ、間違いなく米国内では登場する言葉だ。

今回の米議会でのウクライナ大統領の演説は、議員全員によるスタンディング・オベーションだった。バイデン米大統領ではまずあり得ないことで、全議員らの支持を得た。

演説を聞きながら筆者は、文書や当事者を深く取材した1943年2月の蒋介石夫人の議会演説を思い起こした。宋美齢は英語も巧く、彼女の訴えは米議員の胸に突き刺さり、蒋介石は米国の強い支援を受けることになった。

バイデンのプーチンに対する批判も強くなり「戦争犯罪人」という言葉も飛び出した。以前の「人殺し」と並んで、米国歴代大統領としては珍しく激しい言葉使いだ。

とは言うものの、現在の経済制裁と兵器供与などだけで、飛行禁止空域も、戦闘機供与さえもせず、ウクライナ国内への米軍派遣はおそらくない。ポーランドなどNATO同盟国への直接攻撃などがない限り、人道的な部分は除き、米国益がそれほど顕著ではないためだ。「プーチン核」の抑止が、過去数十年あったが、昨年末から現実味を持ちつつ、特に効いている。

今回の演説による議会全員の支持、民間人への攻撃と共に増加する直接軍事介入に対する米世論。それでも「化学・核兵器」攻撃などない限り、米軍の直接介入はまずないだろう。

ウクライナ大統領は、世界中で似たような議会での演説で支援を訴えている。各国の歴史や事情に合わせて、そこの議員と国民にすぐに響くようなことを言っている。

日本のケース。当初は「前例がない」とか「大型スクリーンが設置しにくい」とか、耳を疑うようなこともあった。だが幾つかの課題をクリアし国会でも演説があると聞く。

日本国民の心に響くこと。大統領はなにを言うのか? 日本に詳しいアドバイザーもいるだろうが、ウクライナ市民虐殺の説明でも、おそらく「原爆」ではないだろう。ロシアがよくいう民間人の大量虐殺をした米国への直接批判につながる。やはりソ連(ロシア)に不法占領された「北方領土」の可能性が強いと思う。

それと共に、いまだに政治判断ができていない「衛星情報」の提供のお願いもあるだろう。人道支援や経済制裁以外に日本ができることは限られている。防弾チョッキ以外に、ウクライナがお願いした人命につながる直接積極支援の情報提供だ。大手メデイアもあまり騒がないので、国民の多くもあまり知らない。

直近で国防総省からの情報を得たのだが、ついにロシア空軍が本格的に空対地ミサイルを使い初め、1000発に達して増えている。毎日女性・子供が死んでいる。日本の衛星情報は、悲劇を減少させるウクライナ軍防御体制向上に役立つ。

難しいことは皆分かっている。だが政治判断1つでできることを、岸田政権はやらない。国民を1人でも多くを守るため、ウクライナ大統領は直接国会でお願いするだろう。しかしもう間に合わないかも知れない。

一方でウクライナへの軍事的な協力は、現在進行形の制裁に加えて、ロシアとのさらなる経済関係悪化を招く。北方領土問題の解決は残念ながらもうない。最初から分かっていた。まだそれを重視するのだろうか。日本国民の反応はどうなるか。