バイデン大統領が3月28日に発表した2023年度(2022年10月~23年9月)の予算教書は、歳出額が5.7兆ドルと前年度に過去最大で提示した6兆ドルを下回りました。それでも、ロシアによるウクライナ侵攻で各国が国防費を引き上げるなか、米国も同様の措置を講じます。その他、サプライチェーン強靭化や本国での製造業強化を狙った商務省向けの予算の拡大が目立ちました。一般教書演説の通り、治安回復を狙った警察予算も引き上げています。インド太平洋やウクライナ支援も、拡充しました。
一方で、増税などを含めた措置で向こう10年間で2.5兆ドルの歳入増と過去最大の規模となり、向こう10年間で1兆ドルの財政赤字の縮小を目指します。なお、米議会が予算編成を決定するため、予算教書はあくまで大統領からの提案です。2022年会計年度の予算が3月11日に成立したばかりですが、与党民主党はこれを軸に共和党と23年会計年度予算を協議していきます。今回の予算教書における注目ポイントは、以下の通り。
〇歳入、増税案
・2023年度の歳入は、前年度比4.5%増の4兆6,380億ドル。
・資産1億ドル以上の超富裕層の所得(未実現のキャピタルゲイン税を含め)に最低税率20%導入、10年間で3,610億ドルの歳入増に。
・個人向け所得税の最高税率を37%→39.6%へ引き上げ、10年間で1,870億ドルの歳入増に。
・法人税率を21%→28%に引き上げへ。予算教書に合わせて発表された財務省のグリーンブックによれば、G20で導入された法人税最低税率導入などを含め、向こう10年間で1兆6,290億ドルの歳入増を見込む。
・自社株買い総額に1%課税、企業幹部による持ち株売却を数年間規制する案も提示。
・石油ガス関連企業向けの税控除撤廃。
・キャリードインタレスト(投資ファンドなどの運用報酬)を対象とした税優遇措置の撤廃。
・増税額は、米財務省が公表したグリーンブックによれば約2.5兆億ドル。ただし、下院が可決した1兆7,500億ドル相当のいわゆる「より良い再建法案」で含まれる約1.5兆ドルの増税案は協議が難航している事情から含まれていない。
――歳入案は「富める者に増税し、財政赤字を縮小させる」もので、民主党の暴れん坊もとい中道派のマンチン上院議員を意識した中道的な内容だったと言えます。しかし、当のマンチン氏は「利益が実現していないものに課税することはできない。稼いで得たものというのが所得の基本だ」と指摘。また「誰もが公平に負担しなければないが、未実現の利益への課税はどうかと思う」とお気に召していないもよう。そもそも、今回の増税案と財政赤字縮小は膠着する「より良い再建法案」の突破口だったに違いありません。マンチン氏もその点を十分理解しているはずで、今回の冷めた反応はより良い再建法案を含め、23年度予算協議の道がいかに険しいかを物語ります。
〇歳出
・前年度比1.0%減の5兆7,920億ドル。
・裁量的支出は前年度比0.1%減の1兆7,090億ドル、社会保障など義務的支出は前年度比3.0%減の3兆6,870億ドル。
・国防予算は22年度比4.0%増の8,130億ドル(ただし、米議会の要求額の5~7%増ほどは伸びず。賃金を4.6%引き上げ、研究開発比なども増額させる。ロシア対応としたNATO、欧州、ウクライナ向けの予算を69億ドル拡大)、そのうち国防総省の予算は22年度比0.4%増の7,730億ドル。
※22年度比は3月に、裁量的支出をめぐり成立した包括歳出法案との比較
〇財政赤字、利払い負担
・財政赤字は前年度比18.4%減の1兆1,540億ドル、10年間で1兆ドルの赤字削減へ。
・利払い費は前年度比10.9%増の3,960億ドル、Fedによる利上げを勘案。
〇成長率、消費者物価指数(CPI)などの前提
・実質GDP成長率は22年(暦年)に前年比4.2%増、2023年は同2.8%増。
・CPIは22年に前年比4.7%上昇、23年は同2.3%上昇。
・失業率は22年に3.9%、23年に3.6%。
・3ヵ月物Tビルは22年に平均0.2%、23年に平均0.9%で推移。
・米10年債利回りは22年に平均2.1%、23年に2.5%で推移。
裁量的支出のうち、省庁別の割り当ては以下の通り。
〇商務省→21年度比31.2%増
・サプライチェーン強靭化、製造業の強化、コロナ禍で困窮化した地方支援など
〇退役軍人省→29.4%増
・メンタルヘルスや介護する家族向けの支援など
〇保険福祉省→27.1%増
・がん撲滅のための機関である医療高等研究計画局や米国のがん撲滅計画「がんムーンショット計画」への割り当て拡充、メンタルケアへの支援など
〇エネルギー省→20.9%増
・住宅のエネルギー効率を向上させるためのリフォーム工事支援、太陽光発電技術の米国内サプライチェーン強化、低コストのクリーンエネルギー資源を通じエネルギー負担を削減する技術の開発支援など(ロシア産のエネルギー輸入禁止をに踏み切ったが、グランホルム長官の声明では化石燃料の拡大に言及なし)
〇住宅都市開発省→20.5%増
・恵まれない地域社会向け、及び公平な地域開発向けの支援などのほか、手に届く価格帯の住宅提供など
〇内務省→20.5%増
・気候変動による干ばつ、洪水、山火事などへの対応強化のほか、気候変動対策支援など
〇財務省→19.9%増
・IRSの税金還付システムの改善とスタッフ増員、手が届く価格帯の住宅購入貸出支援、マネーロンダリングなど取り締まり強化、サイバーセキュリティの強化など。
〇国務省(海外プログラム向け)→17.7%増
・自由で開かれたインド太平洋地域を維持すべく「中国など悪意ある影響に対抗するための基金」への割り当て、ウクライナ支援のの割り当て拡充。
・そのほか健康安全保障に関する課題への対応、発展途上国における気候への適応と緩和のためのプロジェクトに資金を提供など。
〇労働省→17.6%増
・労働者の賃金と福利厚生の保護、職業訓練の拡充など。
〇農務省→17.1%増
・山火事などへの対応強化、寡占状態となっている食肉市場の競争促進、気候変動対策に向けた研究支援など。
〇司法省→12.5%増
・FBIや警察予算の拡充、サイバー含む犯罪取り締まり強化、反トラスト法の執行徹底など。
〇国防総省→9.8%増
・ウクライナの対ロシア支援、軍用機や核抑止システムの強化、北朝鮮やイランなどの過激派組織などによる持続的な脅威への対抗措置の拡充、軍人向けの賃上げなど。
〇教育省→8.8%増
・パンデミックの影響を受けた学生、教員に対する身体的、心理的な支援拡充(ソーシャルワーカーや看護師など専門家の派遣など)、低所得者層の生徒にへの学習支援など。
〇運輸省→6.0%増
・インフラ投資計画法案を支えに、高速道路や鉄道設備の修繕及び安全強化、航空安全性の向上や航空インフラ改修、サイバーセキュリティの強化など。
〇国土安全保障省→5.4%増
・米国移民局向けの予算拡大(増加傾向にある難民対応のほか労働許可証、帰化、グリーンカードその他の手続き滞留の改善が目的)。
――やはりバイデン政権とあって、商務省のサプライチェーン強靭化を除くと、人権や格差是正、気候変動対策に配慮した内容が目立ちます。特に気候変動絡関連は、各省庁間で網の目に用に張り巡らされる状況。鉱業が州経済の約15%を占めるウエストバージニア州選出のマンチン議員は、スンナリ首を縦に振りそうにありません。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年3月30日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。