こんにちは。
今日は過去10年ほど先進国政府・中央銀行が寄ってたかって引き上げようとしていたインフレ率が、突然急加速する条件が整ってしまったことについて書きます。
マネーサプライが激増している
さて、今日の本題であるインフレ率加速の条件が整ったという議論ですが、やはり震源地はコロナ禍で大盤振る舞いをしたアメリカ政府ということになりそうです。
やっと新型コロナが脅威となり始めた2020年春から急加速したM2の2年間増加率は、2021年6月までの2年間でついに40.9%と史上最高を記録しました。
歴代2位は第二次オイルショック直前に当たる1977~78年頃の28.8%、第3位が第一次オイルショックさ中の1972~73年の28.1%ですから、40%台に乗せた今回のマネーサプライの増加は突出していました。
ただ、21世紀に入ってからは、政府・中央銀行がどんなにインフレ加速政策を取っても、マネーの流通速度が趨勢的に低下しているので、あまりインフレ率上昇には貢献しないという主張が支配的でした。
次のグラフは、こうした見方を立証するものと言えるでしょう。
マネーの流通速度とは、同じマネーが1年のうちに何回モノやサービスと交換に持ち主を変えるかを示す数値です。
ご覧のとおり、2度の世界大戦の頃と、20世紀末に大きく上昇に転ずることはありましたが、それ以外では1880年代以降延々と下落基調が続いています。
消費者物価上昇率のほうは、1870~90年代と1930年代だけがデフレ期で、それ以外は一貫してインフレが続いています。
ただ、インフレが続いていると言っても、1990年代以降は5年間累計で10%を超えることが少なくなり、年率2%未満が常態となりつつありました。
結局、マネーサプライはかなり大幅に伸びても、流通速度が鈍化しているのであまりインフレ率も高くならないという構造になっていたわけです。
なぜかというと、私は経済のサービス化が進んだからだと思っています。
製造業の製品が消費者の手に渡るまでには、原材料となる資源採掘業者から精錬業者へ、資本財や中間財の製造業者へ、部品製造業者へ、さらに完成品メーカーへ、一次卸業者へ、二次卸業者へ、最後に小売店から消費者へと何度もモノとマネーとの交換が行われます。
一方、サービス業の場合には、あまり原材料を必要とせず、サービス提供者と最終消費者のあいだだけで「製造」から最終消費までが完結することが多くなります。
だから、マネーの流通速度は慢性的な低下傾向にあったのではないでしょうか。
ところが、新型コロナの蔓延を防ぐためにと称して取られた政策には、低下傾向にあったマネーの流通速度を人為的に加速する措置が多く含まれていました。
消費需要がサービスからモノへと移転させられた
その典型が、世界最大の国民経済を形成しているアメリカを中心に、感染拡大の初期におこなわれた大都市のロックダウンです。
消費者向けサービスは、多種多様なサービスを提供する業者が集中している大都市中心部でとくに活発に行われている事業です。
それが営業中止や営業時間の極端な制限を言い渡されると、消費対象はモノへと移転します。
2020~21年の「巣ごもり消費の時代」と呼ばれた時期に、サービス消費が激減するとともに、1990年代以降慢性的に縮小傾向にあった耐久消費財需要が盛り上がりました。
さらに、アメリカの製造業大手各社は、延々と続いた需要の縮小に対応するために、低賃金国に実際の製造工程の大半を丸投げしていたため、サプライチェーンがどんどん長くなっていました。
そこで急に需要が拡大しても、即座に供給量を増やすことができず、品不足による価格上昇を招きました。
あちこちで火種がくすぶっていた状態にまず火をつけたのが、「再生可能」エネルギーへの転換を目指して、化石燃料の消費量を抑えこもうとする、いわゆる「緑の革命」でした。
トランプ大統領のアメリカと安倍晋三首相の日本だけは、先進諸国の中でこの革命にコミットしていなかったのですが、ふたりとも後継政権が極端に大勢順応型の人たちだったので、日米ともに緑の革命派の非現実的な政策に迎合するようになります。
太陽光や風力では現代社会が必要とする電力を安定供給することはできないのに、化石燃料の削減を進めてしまったものですから、石油、天然ガス、さらには石炭の価格までが、菅内閣が誕生し、バイデン政権が誕生した2021年の年初から急激に上がりはじめました。
こうして始まっていた物価上昇率の加速にダメ押しをしたのが、ロシア軍によるウクライナ侵攻でした。
いろいろな製品の価格が、年率2%未満のインフレ率に慣れた眼には異常な急騰を示すようになります。
素材や肥料の価格が暴騰に転じた
たとえば、北欧諸国での鉄筋棒鋼の価格推移をご覧ください。
2020年まではトン当たり400~600ユーロのボックス圏で推移していた鉄筋棒鋼価格が、2021年初めから突然急上昇に転じ、ロシア軍によるウクライナ侵攻があった2022年2~3月には1250ユーロと、1年強でほぼ2倍の暴騰を演じました。
あるいは、アメリカのタンパ市場での代表的な肥料、アンモニアのトン当たり価格です。
こちらは、2021年の年初にはトン当たり400ドル前後だったものが、直近では1625ドルと4倍に値上がりしています。これはほんとうに深刻な事態です。
というのも、我々先進諸国の人間が世界中で大手金融業者がドミノ倒しで破綻していくことを心配していた2008年には、アンモニアという重要な肥料の突飛高によって農産物の不作・凶作が相次ぎ、発展途上国などでは飢餓暴動が実際に起きていたからです。
21世紀に入っても飢餓暴動は起きていた
次のグラフをご覧ください。
これは、国連直属機関の中では大スポンサーの意向に振り回されずに済んでいるほうで、比較的良心的な食糧農業機関が算出している食品価格指数です。
この指数が初めて130台に乗せた2007~08年には、世界的な規模で食品値上がりに抗議する暴動が起きていたのです。
ごく最近になってからこの事実を知った私としては、いくら当時は外資系大手金融機関に勤務していたからとは言え、この事実を知らずに金融業界の動向ばかり気にしていたことを反省せざるを得ません。
また、食品価格指数が140目前まで接近した2011年には「アラブの春」と呼ばれたアラブ系イスラム圏諸国での大衆運動が続発しました。
2010年末のチュニジアの暴動に始まり、エジプトのムバラク政権、リビアのカダフィ政権、イエメンのサレハ政権と長期政権が次々に崩壊しました。
すでに食品価格指数は140台に乗せている上に、アンモニア価格が1年強で4倍に値上がりし、貧しい農民の多い国々では肥料を節減しなければならなくなる今後1~2年、世界の食糧需給がかなり逼迫することが懸念されます。
ロシア・ベラルーシはともに肥料輸出大国
さらに問題を複雑にしているのが、現在ウクライナへの軍事侵攻によって国際世論から孤立しているロシア・ベラルーシの両国がともに肥料輸出大国だという事実です。
ご覧のとおり、ロシアは肥料輸出額世界1位、ベラルーシも同6位であり、2カ国で約100億ドルの輸出をおこなっているのです。
先進諸国中心に極端に傾斜した大手マスメディアの報道だけを見聞きしていたのではわかりませんが、ロシアへの経済制裁に賛同しているのはほとんど先進国だけで、アジア・アフリカ・南アメリカの中所得から低所得の国々は、ほとんど制裁に参加していません。
肥料供給に支障をきたしたら、農業生産に深刻な影響が出ることを警戒しているのかもしれません。
株価はしぶとく粘るが債券市場は大崩壊
「そろそろ本格調整か、そうでなければ大暴落か」と言われはじめてからもう3~4年経ちました。米株市場だけを見ていると、何度暴落の気配を示してもそのたびにしぶとく反発し、高水準を維持しています。
ただ、株式市場ほど派手な動きはしないのがふつうの債券市場のほうでは、すでにすさまじい暴落が始まっています。
LEGAMVUというなんとも覚えにくい略号の世界債券指数は、2021年7月末の約69.2兆ドルから直近の64.4兆ドルまで、半年強で4兆8000億ドル(約600兆円)を失っています。
世界の債券市場全体の時価総額は2021年年央で約120兆ドルでした。もし世界債券指数並みに下落しているとしたら、喪失した価値は8兆3000億ドルに達します。日本円にすれば1000兆円を超えてしまいます。
同じく2021年の年央に世界株式市場の時価総額は約38兆ドルで、債券市場の時価総額の32%に過ぎませんでした。債券市場での大暴落がいかに深刻な被害を金融業界にもたらすかがよくわかります。
債券暴落=金利急騰は住宅市場を直撃
この債券市場の大暴落は、すなわち金利が急上昇していることを意味します。債券価格の暴落とは、同じ金額の債券を買って得られる金利収入が増えるという現象ですから。
そして、金利高騰は確実に住宅市場を縮小に導きます。先進諸国の住宅市場でふつうの勤労者が長期ローンを組まずに家を購入することは不可能に近いからです。
アメリカの30年固定住宅ローン金利はご覧のとおり、すでに急騰過程に入っています。
2022年に入って住宅価格の上昇が急加速したので、「このまま待っていたら一生買いそびれるかもしれない」と思って、清水の舞台から飛び降りるつもりで家を買ってローンを組んでみたら3%台前半のはずが5%近い金利になっていた人は、泣くに泣けない心境でしょう。こうした住宅ローン金利急騰による悲劇が圧倒的に多く出そうなのが、アングロサクソン(旧大英帝国)系諸国です。
オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカの4ヵ国で、すさまじい価格上昇にもかかわらずなんとか購買層がついていけていたのは、長期金利が下落しつづけていたからです。
その長期金利が暴騰に転じたのですから、これら4ヵ国の住宅市場は壊滅的な打撃を受けるでしょう。
先進諸国の中央銀行がいっせいに金利引き上げに転ずる中、日銀のみが「円安は輸出産業に有利で、したがって日本経済全体にもプラスだ」という古めかしい経済観にしがみついて低金利政策を維持しているのは、まったく現実離れしています。
ただ、庶民の住宅取得のためにという視点から見れば、低金利維持政策は住宅価格の低迷と相まってけがの功名と言えるかもしれません。
米株市場のベテランが思考停止状態に
それにしても、どんなに悪材料が出ても、何日か下げると必ず反発する米株市場については、何十年も相場のまっただ中で激しい競争を生き抜いてきたベテランが「ここって誰、私ってどこ?」状態に陥っています。
もちろん、いつか強烈なしっぺ返しがやってくることは、十分承知しているはずです。でも、これだけ大暴落に直結してもおかしくない事件のたびに反発して新高値を取る展開が続くと、いったいいつ降りればいいのか、見当もつかないのではないでしょうか。ひとつだけ、確実に言えることがあります。
Fedが金利を上げつづけて軟着陸できた例はない
それは、連邦準備制度が何回かにわたって持続的に金利を引き上げると、必ず景気後退が起き、景気を冷やすことなく軟着陸できたためしはないという事実です。
今回の金利引き上げ過程では、前回の引き上げで大量生産してしまった実質金利がマイナスの金融資産や、営業利益で支払金利を賄えない企業の整理がまったくついていないまま、景気後退に突入することになります。
それだけ、景気後退は深刻となり、単なる後退ではなく大不況となることは間違いなさそうです。
編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。