「失った風景」は取り戻せるか

ウクライナのゼレンスキー大統領がコメディアンだった時の出演作品で大ヒットしたTV番組「国民の僕」は、歴史の教師だった主人公が偶然、ウクライナの大統領に選出されることから始まる。大統領府や政府、議会で政治家が如何に腐敗しているかを知り、縁故主義から賄賂まであらゆる不法な手段が政治の世界で展開していることを目撃し、それを改革しようと乗り出す大統領の話だ。観るものが笑ったり、怒りを覚えたり、呆れたりする一流喜劇だ。

ロシア軍の攻撃で破壊されたウクライナのマリウポリ市の風景(オーストリア国営放送「ニュースルーム」のスクリーンショットから、2022年3月27日)

番組の中身の説明は不要だろう。これから見る読者にはネタバレになるから。当方がこのコラムを書き出したのは、ウクライナ大統領が職務するキーウ市の風景についてだ。主人公の大統領は自宅から自転車で大統領府に通う。その通り過ぎる風景を背景に短い音楽が流れる。一話は25分弱と短い。

番組を一緒に観ていた家人が、「この風景は今は変わっているかもしれないわね」と呟いた。それを聞いた瞬間、「あの風景はもう見れないのかもしれない」、「あの建物は破壊されてしまったのではないか」という思いがきて、戦争が如何に忌むべき破壊行為かが急に胸に迫ってきた。同作品は2015年から19年までに放映されたから、番組の風景はロシア軍がキーウ市に攻撃を始める前だ。ロシア軍のキーウ市攻撃後は同市の風景は変わったはずだ。

ウクライナ南東部マリウポリ市を訪問したことがある人が現在の同市の風景を見たならば、驚くというより、怒りが出てくるのではないか。「自分が知っている風景はどうしたのか、どこに行ってしまったのか」と呟くだけではなく、もう2度と同じ風景が見られないのか、といった絶望的な思いが出てくるかもしれない。

ウクライナのスビリデンコ第1副首相兼経済相は先月28日、ロシアの軍事侵攻によるウクライナの経済損失が約5650億ドル(約70兆円)に上る、という試算をフェイスブックに公表した。この経済損失額にキーウ市の美しい風景の復旧費は含まれているのだろうか。破壊された施設などの総額に過ぎないのか。それ以上に重要な点は、「失った風景」を本当に回復できるだろうかだ。

キーウ市だけではない。マリウポリ市の風景はどうか。人工衛星で撮影した同市の風景には何も残っていない。破壊された建物のガラクタの風景だ。40万人以上の市民が住んでいたマリウポリ市は活気ある湾岸都市だったという。その風景はロシア軍の砲撃で人々と共に消えていった。シリア内戦で破壊されたアレッポ市の風景と重なる。当時、アレッポ市の写真を見た時、戦争の無意味さを痛いほど感じたが、マリウポリ市の風景からはそれに負けないぐらい強烈なショックを受けた。

戦争が終わり、復旧作業が始まれば失う前の風景を取り戻せるだろうか。ゼレンスキー氏が大統領職を辞し、再びコメディアンとして「国民の僕」の第4シーズンを撮影する時、1シーズンから3シーズンに撮影した同じ風景を再現できるだろうか。

戦争で破壊された風景といえば、第2次世界大戦で被爆した広島や長崎市の風景はどうだったろうか。被爆地に追悼碑が建立されている。市の風景はその景観を取り戻したが、被爆前の風景ではない。近代化された都市として「回復された風景」だ。

風景には必ずそこに生きていた人々の生活の匂いが染み込んでいる。幸福な時もそうでない時もあっただろうが、風景は人々の生活を観てきたはずだ。その風景を戦争や自然災害で失った場合、風景と共にそこで住んできた人々の思いも消えていくのではないか。

当方は若い時、米国でセスナ機に乗ってグランドキャニオンを見学したことがある。その風景は忘れることが出来ない一つだが、自然が作り出した風景の壮観さはあったが、自宅のベランダからみる夕焼けの風景とは明らかに違う。ベランダからみる風景には人の息遣いが感じられるから、美しくもあり、時に悲しくもある。

「風景を失う」ということは何を意味するのだろうか。異国で故郷を思い出す人はその故郷の風景が脳裏に現れてくるはずだ。風景が伴わない漠然とした故郷は存在しない。だから、風景を破壊する戦争は多くの人々の故郷を奪う行為となる。

一人のウクライナ女性が避難先のポーランドで、「戦争が終われば直ぐにウクライナに戻る。そこには父母や夫がいるから」と泣きながら語っていた。多分、彼女は父母と夫がいる風景を取り戻したいのだろう。親しんできた風景を失うことがどんなに辛いか、失って初めて分かるのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。