長らく国際社会、いや、アラブ世界からも爪弾きを食らっていたシリアの本格的な外交への復帰となるのだろうか。先月19日、シリア大統領バッシャール・アサドが突如、アラブ首長国連邦(UAE)を訪問し、世界がウクライナ情勢に注目する中、静かな衝撃を与えた。
UAEは遡ること4年前、ダマスカスで大使館を再開させ、アサド政権承認への布石を打っていたが、本格的な外交関係再構築の一歩となりそうだ。アサドによるアラブ諸国歴訪の第一弾ということで、シリア国営通信は「アラブ世界への復帰において歴史的な訪問」と賞賛した。
肝心の会談内容であるが、単に両国の友好関係の強化、諸問題における協力関係継続が確認された、とだけ報じられた。この電撃訪問は、2020年にアラブ諸国が、一斉にイスラエルと国交正常化し、世界に衝撃を与えたことを想起させる。その時にも嚆矢となったのがUAEだった。
湾岸諸国と関係の深いアメリカは早速、「アサド政権を容認するかのような行動に深く失望」との反応を示した。アメリカは「シーザー・シリア市民保護法」などで制裁を課し、アサド政権敵視政策を継続する。アメリカがアサド政権に敵対的姿勢を取り続けるのは、負けを認めたくない―特にロシアへの―意地によるものだ。
アメリカはシリア内戦当初、アサドが短期間で引きずり下ろされるという誤った観測に基づいていたのと、反体制派なるものの実態がイスラム主義者の寄り合い所帯であることを見抜けなかったことにより、「訓練及び装備供与計画」で巨費を投じつつも事態を悪化させることしかできなかった。そして、アメリカの目論見は、供与された兵器がヌスラ戦線に譲渡されるという破綻をみた。
シリア内戦終結のためには、アサド政権を何らかの形で承認する必要があるが、そうするとアメリカはシリア介入の失敗を認めなければならなくなる。それゆえ、アメリカは内戦のもう一方の勝者であるクルド勢力に乗り換えつつも、内戦終結そのものについては、積極的な動きを見せないのである。
レバノンの著名なアナリストは、汎アラブメディアに「アメリカは何を望む?」と題するコラムを寄稿し、「オバマ政権で8年、トランプ政権で4年待ったが何も変わらなかった」との湾岸諸国のいら立ちが、UAEの行動につながったとした。
また、UAEの行動の背景には、イランと複雑な関係がある。UAEはイランの制裁の抜け穴の一つとなってきたが、イエメン紛争ではイランが支援する勢力と敵対し、UAE本土もミサイルやドローン攻撃を受けるなどしてきた。そのイランは、支援するアサド政権とUAEの関係正常化に向けた流れを歓迎した。
UAEは、中東におけるアメリカ不在の中で、イランともバランスをとる必要に迫られている。UAEはこの訪問の後、シリア・イランの敵国イスラエル、また、エジプトと3か国会談を実施した。エネルギー、食糧問題、安全保障について協議されたといい、核合意の再建による制裁解除を危惧するイスラエルとイランを巡る問題についても話し合われたとみられる。UAEは、正に「全方位外交」を展開している。
また、シリア訪問の隠れた意図は、トルコを牽制することにあると推測される。UAEはサウジ同様、トルコのカタール支援と湾岸政治への介入に警戒し、東地中海のガス田問題では、先ほどのエジプト、イスラエルらと反トルコ連合の一角を占めている。
もっとも、最近は内憂外患に苦しむトルコが、外患を少しでも減らそうと、融和の動きを見せているため雪解けムードではある。実際、アサドの訪問の後、UAEを訪問した客がトルコ外相であった。トルコは言わずもがな、シリアに侵略し領土を不法占拠するアサド政権最大の敵の一つだ。
今回の訪問は、やはりトルコにとってもおもしろくないことなのか、国営通信などでは、訪問そのものを報じる記事がみられないのに対し、アメリカの反応を報じる記事は配信されている。本質的な問題解決の姿勢を見せないまますりよるトルコに、しっかりくさびを打ち込んだ形だ。
アサド政権の絶対的優位が揺らぐことがあり得ない現状、UAEに多くのアラブ諸国が続いていくだろう。3日、オマーン国王もアサドと電話会談を行ったと報じられた。アメリカとロシアがウクライナ問題にかかりきりの間に、中東の政治地図は大きく塗り替わりそうである。