主流メディア劣化の時代:産経も「変わらんとアカン」

12日の産経のコラム<風を読む>は、同紙論説委員長乾正人の筆になる「新聞もテレビも変わらねば」と題する記事だった。

氏は、佐々木朗希投手の完全試合やゴロフキン対村田諒太のボクシング世界戦のテレビ放送がなかったことを挙げてテレビ離れの時代を嘆じ、返す刀で「新聞も偉そうに言えない」と11日が休刊日だった新聞が、前日の20歳の若者の快挙を伝えられなかったことを悔いる。

続けて「しかも最近、読者の信頼を失いかねない『事件』もあった」とした後の文章が以下だ。

朝日新聞の編集委員が、週刊ダイヤモンドが行った安倍晋三元首相のインタビュー記事をめぐって「ゴーサインは私が決める」とゲラを見せるよう要求し、停職処分をくらったのだ。編集委員は、処分に強く反発しているが、彼は昨年、日本新聞協会賞を受賞したばかり。

私なぞは三十数年も記者稼業をしているが、ただの一度も賞候補にすらあがったことがない。そんな敏腕記者の彼ですら、「政治家と一体化」していたわけだから、朝日の記者はみんな「反アベ」だ、と思い込んでいた朝日読者の衝撃はいかばかりだろう。

確かに、取材先の懐に飛び込まねば、特ダネどころか普段の取材にも後れをとる。海千山千の政治家相手となると、なおさらだ。だが、ミイラ取りがミイラになっては元も子もない。取材先と一線を画しつつ、スクープを読者に提供するのはどうすればいいか。答えを出すのは容易ではない。

鶴瓶師匠は、民放テレビ配信サービスのCMでこうつぶやく。「変わらんとアカン時やねん」

テレビも、もちろん新聞も。

コラムはこれで終わる。

日々ネットで世界中の情報を渉猟している割に、国内のトレンドに疎い筆者は、この峯村記者のニュースを読んだ記憶がなかった。なので「朝日新聞の・・」で始まる冒頭の文節を読んでも、「事件」が何なのかピンとこなかったのだ。

その原因は、この一文から、「編集委員」が「ゲラを見せるよう」に「要求」した「相手」、つまりSVOCの「O」である「週刊ダイヤモンド」が抜けていることにある。で、筆者は「編集委員」が、記事を書いた記者に「ゲラを見せるよう要求し」たと読んだのだ。

が、読み進むと話の辻褄が合わない。ハタと気付いて過去記事をネットで調べ、4月7日の「朝日新聞社編集委員の処分決定『報道倫理に反する』公表前の誌面要求」なる朝日記事を読み、漸く事の次第を理解した。

世事を知らない筆者もナンだが、すぐにピンと来ないような、テレビのバラエティー番組の独り善がりな芸人トークに似た「楽屋落ち」コラムには、良い気持がしなかった。

名物コラム「産経抄」を、郷土の大先輩で高・大の同窓でもある石井英夫氏が長年(69年〜04年)書いていたので、筆者は愚直にここ40年来、この保守紙一筋だ。だから余計、この論説委員長の敵失に浮かれた文章が残念でならない。

産業経済新聞社社屋 Wikipediaより

ここ一月ほどの産経には、他にも筆者を落胆させる記事がある。2本紹介する。

1本は「アゼルバイジャン、ナゴルノで進軍 ウクライナ侵攻の間隙突く?」という見出しの3月30日の記事で、黒海とカスピ海の間に位置する南カフカス地方のアゼルバイジャン国内の係争地、ナゴルノカラバフ自治州での出来事を報じるもの。

問題は地図だ。北から南へ、ロシア、アルメニア、アゼルバイジャン、西側にトルコと表記がある。本来、ロシアの南にはジョージア、アゼルバイジャンの南にはイランの表記があるはずなので、筆者はてっきりジョージアをロシアと誤記したと思った。

が、よく見るとジョージア領土にアルメニアと表記があり、南に縦線が引いてある。つまり縦棒の先がアルメニアで、ジョージアの表記がないのだ。なので、アルメニアの北はジョージアと知る者はロシアと誤記しているように思ってしまう。

一方、南はアゼルバイジャンの表記がイラン領土にあり、そこから「T」を右に90度回転させた棒線がアルメニアを挟む形で引いてある。つまり東側がカスピ海に接するアゼルバイジャンの飛び地がアルメニア南西部にあることを、この棒線で示している訳だ。

何れにせよ不親切極まる地図だ。時あたかもロシアのウクライナ侵略が東南部のドンバスに集中しようというさ中、かつてのジョージア侵攻も話題に上るタイミングに、この杜撰な地図は腹立たしい。

最後は、米特派員から副編集長兼外信部編集委員に栄転した黒瀬悦成の<米国解剖>「実は『バイデンで良かった』ウクライナ対応で世界主導」なる3月22日のバイデンの提灯記事で、「3月7、8日にロイター通信と調査会社イプソスが合同で実施した全米世論調査」の結果を挙げている。

「米政治指導者らは国内の政敵を攻撃する前にウクライナ支援のための統一戦線を組むべきだ」とする考えについて、80%が「同意する」と答えた。米国内の燃料価格が上昇したとしてもロシア産原油を輸入禁止にすべきだ、との回答も80%に達した。また「米国は非民主的な国々から攻撃された民主主義諸国を支えるべきだ」との主張に73%が同意したほか、ウクライナへの武器供与に70%、同国上空への飛行禁止区域の設定に67%が支持を表明した。

この結果がなぜ「バイデンで良かった」に結びつくのか理解できない訳は、筆者が毎日目にする米「ラスムセン」の世論調査のバイデンとトランプの支持率の推移が、氏が書きたいらしい景色とはかなり違うからだ。

アフガン撤退に失敗した昨年9月以降も、両者の支持率は40%台半ばで拮抗していた。が、12月半ばからトランプ上昇、バイデン下降となり、今年のトランプ支持率はずっと40%代後半で、ウクライナ侵攻後の2月24日以降は、日によって50%(2/23〜25=50%、4/4=51%など)を超える。

一方のバイデン支持率は12月半ばからずっと40%代前半で推移し、30%台(3/11=39%、3/20=38%など)に落ち込む日もある。4月11日はバイデン42%、トランプ49%だ。

そして調査結果の評価も問題だ。なぜならトランプが同様の政策をとったかとらなかったかは検証不能であり、トランプの政策が高支持を得た可能性もあり得る。つまり「バイデンでも良かった」という仮定の論議に過ぎぬ。

氏もバイデンの「緊張回避」がプーチンを勢いづけたとし、「何をしでかすか分からないトランプ」なら侵攻を躊躇ったと「トランプ待望論をぶつ意見は一部で根強い」としつつ、トランプなら侵攻がなかったかどうかは「仮定の議論であり、実のところは誰にも分らない」と書いている。

が、インクも乾かぬうちに「同盟重視」のバイデンだからNATOやG7など「自由世界の結束を促し、対露共闘路線を敷くことができた」と断じ、再選したら「NATOを脱退すると公言していたとされる」トランプでは「こうはいかなかったはずだ」と憶測するが、NATO諸国に国防費を増やせと強く言ったのは誰か?

更に「発想や行動が、国際社会から常軌を逸している」と見做されているプーチンよりも、「予測不能」と評されるトランプが、「核のボタンを預かることの是非を問う視点も伴うべきだろう」とまで言い、さすがに書き過ぎと思ったか「トランプ氏をくさす意図は毛頭ないが」と弁解染みる。

記事は最後に「バイデンで良かった」を繰り返して結ばれるが、黒瀬氏以外にその様に思う人がどれほどいるか筆者には訝しい。憶測で記事を書く「中立性に疑問」のあるこうした人物が編集幹部にいる産経も「変わらんとアカン」。