プロパガンダと戦うロシアのフェミニストたちのゲリラ的反戦運動

衛藤 幹子

日々伝えられるウクライナの市民に対するロシア軍の残虐極まりない行為には、言葉を失うばかりだ。プーチンが戦争犯罪人であることは疑いない。しかし、このケダモノを国際法廷に引きずり出し、裁くことは非常に難しい(ニューズウィーク日本版、2022年4月4日)。ハードルの一つがプーチンの逮捕である。証拠が揃い、逮捕状を出すことができても、当のロシアがプーチンを引き渡すとは考えられない。

反プーチン体制が生まれ、新政権が国際刑事裁判所に加盟するなどプーチンの訴追に協力的にならない限り、容易には進まないだろう。だが、プーチンが政権の座から引き摺り下ろされる可能性は低い。ウクライナ侵略以前から反体制派を締め付け、主だった活動家を悉く刑務所に収監、あるいは国外に追いやってきたうえ、3月に入って言論統制と反戦・反政府活動の取り締まりを強化しており、反プーチン勢力は著しく抑え込まれている。

しかし、こうした厳しい環境のなかでも、抵抗の意志を示す女性たちがいる。反戦のプラカードを持ってサンクトペテルブルクの街頭に立ち、連行された76歳の画家エレーナ・オシポワ(HUFFPOST、2022年3月3日)、「戦争反対、プロパガンダに騙されないで」と書いた紙を掲げて放送中のスタジオに突入したロシア国営テレビ局員のマリーナ・オフシャンニコワ(NHK NEWSWEB、2022年3月16日)などである。彼女たちの勇気ある行動は、世界的なニュースになり、強いインパクトがあった。けれども、直ちに取り締まられて終わりだ。継続性に欠けるばかりか、より多数を巻き込む運動として発展することも期待できない。

一方、監視の目を掻い潜り、欺きながら、隠密裏に展開されているのが、2月24日の軍事侵攻が始まって直ぐに若い女性や性的マイノリティが結成した「フェミニスト反戦レジスタンス(Феминистское антивоенное сопротивление)」(以下、FAR)という運動だ。FARは、秘匿性の高いメッセージアプリのテレグラムでのみ結びつく。メンバーは専らテレグラム上で情報や意見を共有し、メンバー同士が直接顔を合わせることはほとんどない。テレグラムで繋がるメンバーは現在25,000人を超え、加えてかなりの数の支援者がいると言われる(red pepper, April 5, 2022; THE CONVERSATION, April 7, 2022)。

この団体には決まったリーダーもいない。個々のメンバーが自宅のある地域社会において自らの責任で、創意工夫を凝らした活動を行う。最も一般的なのが反戦ステッカーである。ポスターは当局に目を付けられ易いので、避けられる傾向にあるが、なかには自治体が張り出す公共ポスターと見まがうスタイルにして、摘発を逃れる強者もいる。メッセージも巧妙だ。たとえば、行方不明者捜索のような体裁にして人目を引き、詳細を読むとロシア兵がウクライナの戦場で殺され、消息がわからなくなっている現状を伝えて、厭戦気分を誘導する(THE CONVERSATION,)。

コミュニティの広報掲示板に貼られたFARの反戦ポスター(THE CONVERSATIONより転載)

現金払いを好む年配者向けの戦術も興味深い。コインや紙幣に「ウクライナ人は弾丸で死に、私たちはやがて飢えで死ぬ」、「私たちは戦争で未来を犠牲にしている」、「プーチンは私たち未来を奪う」、「プーチンは税金で戦争をしている」などと書き込んで、プロパガンダを鵜呑みにしている高齢者層にアピールする。さらに、テレグラムでウクライナの女性たちとも連帯し、ウクライナの凄惨な戦禍、女性たちの悲嘆や苦痛を共有している。これがメンバーの活動のエネルギーになっているという(red pepper)。

反戦メッセージが書かれたロシアのコインと紙幣(red pepperより転載)

FARがこれからも活動を続けていくことができるのか不安も残る。だが、グループは中心のない、まるでアメーバのように個々の活動家が自律的に動く組織なので、個別に逮捕はしても、組織を一網打尽にはできない。一人が逮捕されると、別のメンバーがそれを受け継ぐだけだ。さらに、女性をモノ扱いし、性的マイノリティに至ってはその存在すら認めていないプーチンは彼らの影響力を見くびり、とるに足りない存在だと黙殺するのではないだろうか。少なくとも現状ではそうのようだ。賛同者を増やしつつ、したたかに運動が続けられていくように思われる。

ゲリラ的活動は一気呵成に成果を上げることは不可能でも、ボディーブローのように打撃を与えることができる。西側の経済制裁が効果を発揮してくれば、FARのメッセージはより多くのロシア人の共感を呼ぶようになるだろう。プーチンの強権に去勢されたようなロシアの現状を見るにつけ、絶望感に苛まれていた私にとって、このグループは一縷の望みを与えてくれた。

ロシア国営テレビ「第1チャンネル」より(編集部)