寛大な闇将軍、トランプは共和党を勝利に導けるか?

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バイデン政権を悩ます中間選挙

アメリカでは今年は中間選挙の年にあたる。この選挙では、下院議員の全て、上院議員の3分の1が改選される。また、二年に一回実施されるものであり、有権者が任期の半ばに入る政権のパフォーマンスに審判を下す機会として見られている。

歴史を振り返ればほとんどの場合、有権者はその時の大統領が所属する党に厳しい審判を下す傾向がある。二次大戦後、ホワイトハウスが代表する党が中間選挙で上下両院で多数党になった例は二回しかない。一回目は1998年で、有権者の多くが共和党が主導するクリントンの弾劾に嫌気が差していたことが反発を生み、民主党に勝利をもたらした。二回目は9.11直後、アメリカにとっては戦時下ということもあり、ブッシュに超党派の支持が集まったおかげでこの時は共和党が勝利を収めた。

逆に上記の2回以外の中間選挙では大統領にとっては悲惨な結果しかもたらされてこなかった。そして、その歴史的なカルマとも言えるサイクルはバイデン政権にも当てはまりそうだ。

現在、アメリカは失業率がコロナ以前の水準に戻り、良い経済的な指標もいくつかあるのだが、それでもバイデン大統領の支持率は41%どまりで、これは中間選挙前の数字としてはワースト二位の数字である。(ワースト一位のトランプ前大統領)インフレやガソリンの高騰など日々の国民の生活を締め付ける目の前の経済的苦境が、総合的な視野で有権者がバイデン政権を判断することを難しくしている。

さらに、アメリカの無能さを全世界にさらしたアフガン撤退から一向に支持率が上向いていない。それを考慮すれば、選挙期間中での最大の強味であった「経験」という側面がふきとばされた衝撃からバイデン氏が立ち直れていないという見方もできる。さらに、立法面でのリベラルな実績の無さは肝心の民主党支持者からも離反を招いている。これらの要素がバイデン氏の歴史的な低支持率に影響しているといえよう。

バイデン大統領にとって中間選挙は気が気でないだろう。しかし、そんなバイデン氏も幾度となく繰り返されてきた歴史に抗う術はある。それはトランプ氏という不確定要素がどう動くかである。

寛大な闇将軍

いわゆる政治の世界でキングメーカーと言われる存在は表舞台には現れず、裏で権謀術数をめぐらしている印象がある。田中角栄氏はロッキードー事件の被告でありながらも、首相退任後は自民党最大派閥の田中派を率い、誰が総理になれるかを決める事実上の決定権を持っていた。そのため、闇将軍と命名され、後継の政権だった大平内閣が「角影内閣」、中曽根内閣が「田中曽根内閣」などと揶揄されていたのは田中氏の影響力を物語る。

考えてみると、アメリカの闇将軍であるトランプ氏も田中氏と似ているところもある。彼も公職を退きながらも多大な影響力を誇っており、田中氏と同様に自らの汚職を責められて政治的な色が濃い裁判を経験している。

しかし、トランプ氏は田中氏と決定的に違う点がひとつある。それは闇に隠れたくないという点である。トランプ氏は既に中間選挙に出馬予定の多数の共和党候補を公に推薦しており、現時点で145人の推薦を出している。

そして、興味深いのはトランプ氏が推薦する対象が以前彼を強烈に批判していた候補にも及んでいる点である。オハイオ州の共和党予備選は群雄割拠でトランプ氏の推薦ひとつで情勢が一転する状況にある。それを理解してか、各候補はいかに自分がトランプ寄りであるかを競っていた。そんな中トランプ氏が推薦したのはJD・ヴァンス氏だ。

彼は映画にもなった白人労働者の苦境を描いたヒルビリー・エレジーという著書のベストセラー作家である。だが、共和党の内部からは政治的野心のために彼が転向したとの批判にさらされている。2016年、彼は「自分はネバートランプガイ(絶対にトランプを支持しない男)」であり、トランプ氏が「アメリカ版ヒトラー」になるかもしれないと危惧していた。しかし、今ではその主張を一転させ、トランプ氏が自分の生きてきた中で最高の大統領だと賞賛している。そして、自分の転向に説得力をもたせるために過去の発言の謝罪までしている。

トランプ氏は自分を批判する人々は嫌いではあるが、転向した人は自分から庇う程好きである。ヴァンス氏だけではなく、最近では共和党が下院を奪還した際の議長候補だとも言われるケビン・マッカーシー氏が議会襲撃事件の際にトランプ氏の辞任をほのめかしたとして非難を浴びている。だが、マッカーシーが公で既にトランプ氏を批判しており、その後すぐにトランプ氏の軍門に下ったことから、今回のスキャンダルをトランプ氏はあまり気にしていないようである。

トランプ氏は転向者への寛大な態度を以下のように説明している。

しかし、あなたは知っていますか? 他の人たちもみんなそうだった。実際、その基準で行くと、この国の誰も支持しなかったと思う。

このように寛大な闇将軍としての一面をトランプ氏は持ち合わせている。だが、共和党のトランプ化が既成事実となり、トランプ氏が前面にでてくることは逆に民主党を盛り上げることにつながりかねない。それが中間選挙を左右する一番の不確定要素である。

ジョージアの悲劇の再来?

実際、それは2年前のジョージア州での補選での共和党の敗北が証明している。この選挙は以前拙稿でも述べたように共和党の勝利が確実視されていた。しかし、トランプ氏が不正選挙の持論で選挙制度への信頼を失わせたことが共和党支持者の投票意欲を減退させ、逆に民主党支持者に火をつけ、民主党が上院多数派を奪還することを許した。同じシナリオが再び繰り返されることを民主党は望んでいる。

しかし、自分への反発も理解してか、昨年のヴァージニア州知事選で振舞ったようにあまり目立たずに影響力を及ぼす術もトランプ氏は身に着けているため、トランプ氏という不確定要素が民主党に上手く作用しない可能性もある。

いぜれにせよ、トランプ氏の存在で支持者を盛り上げる戦法でしか勝てる方法以外に民主党が勝てる術は見つかっていない。その状態が続く限り、中間選挙の投開票日である11月8日はバイデン政権、民主党にとって目を覆いたくなる日となるであろう。