ブログ「防衛研究所のメディア出演の急増」に集中したコメントの意味

ネット社会における議論の難しさ

ブログ「ウクライナ解説で防衛研究所の突出したテレビ出演を懸念」(4月30日)を投稿したところ、たくさんのアクセス、コメントをいただきました。多くの人にとっては私と同様、無名に近い存在だった防衛研が突然のようにメディアに浮上したのはなぜだろうと思ったのでしょうか。

Andrii Yalanskyi/iStock

私の問題提起の本質的な部分とかみ合わないコメントも多く、ネット論壇における議論の難しさを痛感しました。コメントはポータルサイト・goo、言論サイト・アゴラ、ツイッターなどに寄せられております。無名の私には日頃、あまりコメントはきません。ウクライナ情勢の報道姿勢に関心が集まっていためでしょう。

コメントをいくつか紹介します。「懸念されていることはもっともだと思います」、「ご意見に賛同します。防衛省(機関)の方がテレビに出演して持論を述べる。彼らに頼り切るマスコミにも問題がある」と。このように、ブログの主旨を理解して下さる方は少ない。

「あなたの意見は滑稽としか思われない」、「ご自身の信念に従って妄想を垂れ流しているブログにしか見えない」。感情的で思い付き書いています。今回に限らず、この類がブログのコメントには多く、ネット論壇が成熟せず、むしろ分断を煽る原因になっています。

私が書きたかった主旨は、「防衛研のスタッフが連日、テレビ出演するのはどうしてなのだろうか」、「防衛研は防衛省・国家組織そのものであり、そこの人たちが同じ番組に連日、常連の解説者として扱われることには問題がないのだろうか」、「テレビを含めたメディアは国・国家機関と適度の距離を置いた存在であらねばならない」などです。そういった極めて常識的な問題提起なのです。

さらに「防衛研はロシア、ウクライナ情勢となると、欧米の戦況情報、分析に依存している部分が多く、彼らの発言を連日、聞かされていると、欧米流の戦況観に染まる恐れはないのだろうか」とも思います。

ブログに付け加えるとすれば、防衛研はインテリジェンス(国家の安全保障、軍事などに関する情報収集・分析活動)機能も備えているとみることができ、機密保持と情報提供の境界をどのように線引きしているのだろうかという疑問も持ちます。

防衛研のホームページをみますと、「防衛省の政策研究の中核として、安全保障、戦史に関し、政策志向の調査研究を行う」、「自衛隊高級幹部の育成のための国防大学レベルの教育機関を目指す」、「国際交流と情報発信」などの説明が書かれています。調査・研究活動の公開、ウクライナ情報の連続座談会も掲載されていますから、メディアへの出演そのものは国民に対する情報提供、意識の啓発の一環でしょう。

東大先端研の学者が「防衛研のロシア専門家を軒並みメディアに出して、ウクライナ情勢に関する見解を社会に広めている」といった意味のコメントがSNSなどで見られます。一般の人には無名の存在だった防衛研の認知度を組織的に高める機会が来たと防衛研が考えるのは自然ですし、問題はありません。

ツイッターで「防衛省が組織的にテレビ出演を売り込んでいるという事実は存在しない」とのコメントがありました。防衛省か防衛研の部署の見解表明ならともかく、個人名です。個人名で防衛省の方針を説明するというのはどういうことか。この人物は防衛研の一員らしいと分かり、それなら肩書を名乗れと。

大統領、首相、閣僚、政治家がSNSを多用する時代ですから、政府機関のスタッフがネットを使うこと禁止することはないにしても、インテリジェンス機能を備えた機関のスタッフが対外的に発言する時の扱いに関する基準があってもよさそうなものです。

NHK報道番組やテレビ朝日の報道ステーションなどによく登場してきたのが兵頭慎治・地域研究部長です。連日連夜でしたから、出演依頼に個人的に応じたということではないでしょう。防衛研のトップ、防衛省幹部の了解があってのことだと判断するのが自然です。つまり組織的な行動なのです。

正確なウクライナ情報が必要な時ですから、専門家がテレビ出演することには何の問題もありません。それが連日、連夜の出演となり、報道番組の常連解説者となると、異質の次元の問題になってきます。防衛省側が強調したいことがあるのならば、記者へのブリーフィングを連日行い、メディアがそれを報道する。それが国家機関とメディアの適度の距離ということになります。

円安で株価が波乱含みになっているときに、日銀や財務省の付属研究所のスタッフが連日、テレビに解説者として登場することはあり得ない。防衛研に限って、なぜこのようなメディア対策が取られたのか、メディア側もそうした問題意識を持ったことがあるのか。防衛研は「研究所」とい名前がついていても、防衛政策を扱う以上、国家そのもの、防衛省そのものだけに、ぜひそれらの説明を聞きたいのです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。