ウクライナ戦争をめぐる言論は、今や圧倒的にプーチン非難で埋め尽くされている。通常は、地上波TVなどのメインストリームメディアに対して、カウンターとして機能していたネット上の保守系メディアも、一部を除いてこの動きに同調しているので、右も左も反プーチン一色という状況だがそれで良いのだろうか?
今回の開戦理由はプーチンによれば、
- ウクライナが加盟を目指すNATOの東方拡大により、ロシアの安全が脅かされていること
- ウクライナ政府が民族主義過激派(いわゆるネオナチ)勢力に乗っ取られ、親露派住民が政府軍の弾圧に合っており、それを救済すること
である。これがプーチンの要求であるウクライナの「非軍事化」「非ナチ化」の中身なのは明らかだろう。
【演説全文】ウクライナ侵攻直前 プーチン大統領は何を語った?
しかし、これらの理由の内、特に「非ナチ化」関しては、主要メディアでも保守系メディアでも、まともに検討されている様子がない。たまにこの点に話が及ぶと、プーチンによるナチスドイツとウクライナを同一視するためのレトリックであると簡単に片づけ、この観点も重要だという言論を無視する状況が常態化している。
確かに連日映像で流される悲惨な戦場の映像に、感情を刺激されるのはわからないではない。しかし、本来冷静でなくてはならない専門家と称する人たちも、この動きに同調し、異論を述べる相手を「親露派」と指弾するのは明らかに行き過ぎだ。
およそ近現代の戦争というものは、独裁者の野心や思い込みのみで起きる例はまれで、たいていその原因は双方にあるものだ。日本の真珠湾攻撃をもって日米戦争の遠因を評価できないように、戦争を防止する意味でも多面的な評価は欠かせない。
八幡和郎氏はそのような多面的な評価軸を提供する論客の一人だが、これに対して国際政治学者の篠田英朗氏が「印象操作」「親露派」「政治的画策」など無用なレッテルを張って非難しているのは、上記行き過ぎの悪い例であろう。
篠田氏は今回の紛争の原因について、プーチンの開戦理由1.のNATO東方拡大のみを取り上げ、それを否定することで、プーチンの侵略を証明しようとしているように見えるが、この戦争に至る経緯はもっと複雑なものではないだろうか。筆者のような素人にも、少なくとも以下の経緯は考慮に入れるべきということはわかる。
- 2014年のマイダン革命。当時、選挙で選ばれたヤヌーコビッチ大統領が、暴力革命で政権を追われたこと。
- その後の暫定政権が、ロシア語の禁止など、親ロシア系住民への弾圧政策を行ったこと。
- これに反応し、独立を志向した東部ドネツク、ルガンスクへ、政権側からの武力攻撃が行われたこと(クリミアは住民投票の結果ウクライナを離れロシアに併合)。
これらには、ロシアが裏で東部併合を画策したからだという意見もあるが、最近地上波TVにもよく登場する東京財団の畔蒜泰助氏が、2014年にこの間の出来事の詳細な解説を述べている。これを見る限り、ロシアはむしろ事態の収拾を図ろうとしており、ウクライナ側の責任が大きいことは否定できない。
研究会「ウクライナ」④ 畔蒜泰助 東京財団研究員 2014.6.5
さらに、もう一つの大きな要因は、アメリカの動きである。上記のマイダン革命には、アメリカが裏で関与していたことが事実として明らかになっている。関与の当事者は、当時のオバマ政権下で国務次官補だったビクトリア・ヌーランドと、副大統領だったバイデンだ。
遂につかんだ「バイデンの動かぬ証拠」―2014年ウクライナ親露政権打倒の首謀者
アメリカは、ウクライナ政権に入った民族主義過激派グループ(アゾフ大隊など)に武器を供与し、軍事顧問団まで送って支援している。そしてこれらの過激派が 2014年以来ウクライナ東部地区への攻撃に参加しているのも確認された事実である。
その後、2015年にはミンスク合意により停戦へ動くかと思われたが、2019年に大統領となったゼレンスキーはミンスク合意を履行せず、再び紛争が激化した。
そして、現アメリカ大統領がバイデンであり、国務次官がビクトリア・ヌーランドである以上、ハンター・バイデンがウクライナの国営企業ブリスマから多額の報酬を受け取っていた事案を差し置いても、ウクライナ政府の行動とバイデン政権の関係を推測するなと言う方が無理というものであろう。
しかし、もはやウクライナを神格化している大多数のメディアでは、ウクライナに都合の悪い事実が語られることがない。ロシアによって行われたとする虐殺事件は真偽が定かでないにもかかわらず声高に喧伝する一方で、NYタイムズにも指摘されているウクライナ側の戦争犯罪(ロシア兵捕虜の殺害)は見なかったことにしているようだ。
報道の目的は事の真相を明らかにし、どのようにすれば悲劇が防げるのかを考えることに意味がある。どちらが良いか悪いかと言った正邪論は、事実をすべて俎上に載せたうえで、各自が判断すれば良いことだ。
しかし、報道姿勢に合致しない事実を無視し、それを指摘する者にレッテルを張って非難するようでは、問題の解決にならないばかりか、国民をより悪い方向へと導く。かつての大本営発表でその種の反省はなされたのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。
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佐藤 正和
マーズ・システムサイエンス&テクノロジーズ合同会社代表/ITコンサルタント
1959年生まれ。東京都在住。2019年まで、日本アイ・ビー・エムに所属。現在、IT・ネットワークの技術顧問として活動中。工学博士。