ウクライナ戦争への関心低下

ロシア軍のウクライ侵攻が始まって明日14日で80日目を迎える。ロシア軍は当初、ウクライナの首都キーウを短期間で陥落できると考えていた節があったが、ウクライナ軍と国民の激しい抵抗に遭遇し、撤退を余儀なくされ、現在はウクライナ東部・南部を中心に攻撃を行っている。その間、ウクライナから隣国ポーランド、スロバキア、ルーマニア、モルドバなどに避難する国民のほか、国内でも数百万人が住み慣れた場所から追われ、国内避難民となっている。その総数は1200万人をはるかに超えたという。

ウクライナのゼレンスキー大統領 同大統領Fbより

戦後70年以上の平和を享受してきた欧州では「欧州で戦争が再び起きた」と強いショックを受ける一方、戦争に追われたウクライナ国民に対しては温かい保護の手を差し伸べ、連日、ポーランドなどに避難したウクライナの女性、子供たちが保護されている状況が欧州国民の茶の間に届けられた。

欧州ではウクライナ一色となり、“ウクライナ国民を救え”ということで、救援活動が展開され、オーストリアでも早々に献金活動がスタート、ウクライナ避難民を自宅に迎える国民も出てきた。

しかし、ここにきて風向きが変わってきている。ウクライナ戦争の長期化が予測される中、欧州社会でも戦争に関心が低下する一方、戦争が契機となって、食糧不足、物価、エネルギー価格の高騰などが表われてきた。ウクライナ戦争勃発直後の国民のホットな関心が低下する一方、戦争がウクライナ国民だけではなく、欧州国民の台所、懐にも間接的ながらも影響を及ぼしてきたわけだ。

オーストリアの代表的な調査機関TQS Research&Consultingが今月3日から5日まで、18歳から65歳の1000人の国民を対象にウクライナ情勢に対する世論調査を実施した。ウィーン経済大学のマーケティングマネジメント研究所のディーター・シャリツアー教授が主導した調査だ。それによると、オーストリア国民は3月初旬にはウクライナ戦争に10人のうち9人が強い関心を寄せてきたが、ここにきて10人に6人と低下している。そして戦争による感情的な反応,連帯感(同情心、絶望感など)は4分の3から3分の2に減少し、「誰もが同じように影響を受けている」と感じ出している。その傾向に年齢、性別、学校教育レベルの間では違いはなかったという。

3月の調査では4分の1の国民が、「戦争は自分たちの経済状況に悪影響を与えている」と答えていたが、現在、約60%がこのリスクを感じ出している。また、3人に1人は、「われわれの安全が危険にさらされている」と考えている。3月の段階では、その割合は5人に1人だけだった。ウクライナ戦争の影響を欧州国民が肌で感じてきている証拠だ。もはや他人事ではないというわけだ。

回答者の10人に8人は、インフレの高騰、エネルギー危機、一般的な金融危機など、経済への悪影響を恐れており、10人に6人は、スーパーマーケットに商品が棚から消えることを恐れている。それだけではない、欧州国民には、「ロシアによる西側諸国への攻撃」(45%)を恐れ、核兵器の危機(42%)ですら「かなり」または「非常に」可能性が高いと考え出していることが判明した。欧米諸国からウクライナへの武器供給問題については「承認」はわずか36%であり、47%は拒否している。

ロシア軍のウクライナ侵攻直後、ウクライナのゼレンスキー大統領は欧米諸国に支援を要求する中で、「この戦争は単にウクライナとロシア間の戦争だけではない。欧州とロシアの戦争を意味する」と述べたが、欧州で現在、それが現実化しているわけだ。

暖房、ガソリンなどのエネルギーのかなりの部分をロシアの天然ガス、原油輸入に依存しているという実態を欧州国民は感じ出してきた。例えば、天然ガスを90%以上ロシアからの輸入に依存しているオーストリアではエネルギーの安全供給が大きな課題となっている。欧州連合(EU)欧州委員会が加盟国にロシア産天然ガス禁輸を決定した場合、果たしては国民は暖房の無い冬を甘受するだろうか。ハンガリーのオルバン首相は、「ロシア産天然ガス禁輸措置はわが国の国民経済のカタストロフィーを意味する」と述べ、EUの対ロシア制裁案には強く反対している。

ロシア軍のウクライナ侵攻から80日目を迎える欧州では「人道的カタストロフィー」から「経済的カタストロフィー」に国民の関心が移ってきたのは自然の流れかもしれない。ウクライナ戦争が長期間すれば、その傾向は一層顕著になることが予想される。

ロシア軍の侵攻で苦しむウクライナ国民を救済するためにカナダから救援活動のためにきた一人の青年はドイツ民間放送のインタビューの中で、「自分は多くの国でボランティア活動に従事してきたが、ウクライナの情勢は考えられないほど悲惨だ。彼らは本来は不必要な困窮に直面して苦しんでいる」と述べていた。

彼の発言の中で「不必要な困窮」という言葉が心に響いた。ロシア軍がウクライナに侵攻しなければ、国民は苦しみ、逃げ回ることはなかっただろうし、犠牲とならなくてよかった。現在目撃される人々の苦しみ、悲しみは本来「不必要なものだった」といえる。その意味で、戦争を始めたロシアのプーチン大統領の責任は大きい。如何なる理由があろうとも、その悲惨な結果を正当化できない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。