リアリズム・フィンランドから学ぶ、お花畑・日本の対ロシア政策

潮 匡人

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5月12日、フィンランドのニーニスト大統領とマリン首相が、「フィンランドはただちに大西洋条約機構(NATO)に加盟申請しなければならない」との共同声明を発表した。

加盟が実現すれば、NATOがロシアと接する国境は2倍以上に延びる。フィンランドが冷戦中から貫いてきた「軍事的中立」からの大きな転換点となる。鶴岡路人准教授(慶応義塾大学)の的確なコメントを借りよう。

ウクライナ侵攻前にロシアが求めた「NATO不拡大」は、主に旧ソ連諸国を念頭に置いたものだった。ロシアがNATOと米国にNATO不拡大の法的保証を求めたことに、フィンランドなどが「選択の自由が損なわれる」として強く反発し、加盟に向かう後押しになったのは皮肉だ。/ウクライナ侵攻による事態の急展開はロシアにとって完全に誤算で、NATO拡大を自ら誘発しているという点で「オウンゴール」と言わざるをえない。(5月13日朝日新聞「ロシア、NATO拡大を自ら誘発 鶴岡路人・慶応大准教授 ウクライナ危機」)

ここでは以下、NHKによるマリン首相への単独インタビュー(5月12日)を引こう。

フィンランド首相単独インタビュー 脅威にどう立ち向かう? | NHK
【NHK】ロシアと1300キロにわたって国境を接するフィンランド。冷戦中も貫いてきた「軍事的中立」の立場を転換し、NATO加盟へ、…

――これまでの伝統的な防衛政策を転換するきっかけは何でしょうか?

ロシアのとった行動です。ウクライナでの戦争が議論の理由です。ロシアは国際法も、各国が負う義務も尊重しないことが明らかになりました。いま大多数のフィンランド国民や国会議員がNATO加盟に賛成しています。以前はこのようなことはありませんでした。

ウクライナ侵攻によって、安全保障環境も、国民の考え方も変わってしまったのです。

まさに鶴岡准教授が述べたとおり、ロシアによる「オウンゴール」と言わざるをえない。なんとも「皮肉」な結果ではないか。米国を代表する神学者ラインホールド・ニーバー牧師の名著『アメリカ史のアイロニー』(聖学院大学出版会)を借りよう。

もし安全保障が過度に強調されてかえってそれが危険に変わるような場合、そして知恵がそれ自体の限界を認識しなかったばかりに愚かさへと変質してしまう場合、これらすべての状況はアイロニック(皮肉)な状況と言うべきものなのである。

前出インタビューの続きにも注目したい。

――日本もロシアの隣国です。われわれにとってロシアはどんな存在ですか?

地理や国の位置を変えることはできません。しかし、安全保障・外交防衛の政策は自ら決めることができます。ウクライナで起きているようなことをフィンランドで起こしてはなりません。過去にロシアと戦争を経験しましたから、そんな未来は子どもたちのため、避けなければなりません。ロシアがどう行動するのか目にしたいま、甘く見るべきではありません。

ここでも、私はニーバーを思い出す。以下は、そのニーバーによる、欧米では有名な「冷静を求める祈り」である。

神よ、
変えることのできないものを受け入れる平静を、
変えるべきものを変える勇気を、
そして変えることのできないものと変えるべきものとを識別する知恵を、
われらに与えたまえ。/アーメン

(ニーバー『道徳的人間と非道徳的社会』訳者あとがき)

以上は、ニーバー牧師が米マサチューセッツ州西部の山村の小さな教会で、第二次大戦中の1943年夏に説教したときの祈りである。大戦中に、この祈りが書かれたカードが兵士たちに配られたこともあり、ひろく世界に浸透していった。

日本もフィンランドと同じくロシアの隣国である。その地理や国の位置を変えることはできない。平静に受け入れるほかない。しかし、安全保障・外交防衛の政策は自ら決めることができる。憲法を含め、変えるべきものを変える勇気と、異常を識別する知恵が必要である。

われわれに必要なのは、上記の冷静さと、勇気と、知恵であろう。天を仰ぐ、祈りにも似た姿勢ではないだろうか。少なくとも、この期に及んで、「どっちもどっち」とうそぶくのは、止めにしたい。ロシアがどう行動するのか目にしたいま、けっして甘く見てはならない。