海外「ロシア反体制派」の事情

プーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻を命令して以来、ロシア国内の知識人、若者たちで西側に移民する人が増えてきた。公式の統計はないが、その数は20万人から50万人と推定されている。彼らは母国ロシアに住むことが嫌だったわけではなく、“プーチン大統領のロシア”に留まることに希望を見いだせなくなったからだ。直接の理由はさまざまだが、生まれ、成長し、教育を受けてきた祖国ロシアから出ていく人々だ。彼らの多くはアルメニア、ジョージア、バルト三国、そしてドイツに逃げていく。また、IT関連の国際企業がロシアから出ていったことを受け、海外に移民せざるを得なくなったロシアのIT専門家が増えている。ロシアにとって大きな知的損失だ。

経済問題で会議するプーチン大統領(2022年5月12日、ロシア大統領府公式サイトから)

ドイツランド放送(5月11日)によると、ベルリンにある元劇場「パンダプラットホーム」文化センターは現在、ドイツでロシア語を話すリベラル派の出会いの場となっているという。「自由なロシア」を求めるロシア人は自分たちのシンボルが必要と考え、ロシアの国旗に代わって「白・青・白」色の国旗をつくって結束を呼び掛けているという。

ロシア・フォビアにより差別される欧州に住むロシア人

モスクワから逃げてきたロシア人の中には「自由なロシア」を求めて活動する人もいるが、ドイツを含む欧州に住むロシア人はロシア人という国籍ゆえに、というより、プーチン大統領ゆえにさまざまな差別や罵倒を甘受しなければならない。いわゆる、ロシア・フォビア現象だ。あれも、これもプーチン大統領が始めたウクライナ戦争ゆえだ。

ソ連・東欧共産政権時代、西側に自由を求めて亡命した人に対し、西側は政治亡命者として彼らを援助した。東西の架け橋だったオーストリアでは冷戦時代、約200万人の旧ソ連・東欧共産圏からの亡命者が受け入れられていた。そして今、ウクライナ戦争から避難してきたウクライナ人には欧州では温かい救援の手が差し伸べられているが、「自由なロシア」を求めて移住してきたロシア人に対して正式の難民申請や支援はこれまで聞かない。多くのロシア移民たちは自身の出自を隠しながら、新しい人生を探していかなければならないわけだ。

興味深い点は、旧ソ連・東欧共産党政権は当時、国民が西側に亡命することを懸命に阻止し、必要ならば強制的に取り締まったが、プーチン大統領のロシアでは海外に出ていきたい国民は阻止されないばかりか、奨励されるという。権威主義国プーチン政権は批判的な国民を必要としないからだ。彼らが国外に出ていけば、「彼らは愛国者ではなく、海外で良い生活を送りたいから出ていった」といったプロパガンダの材料に利用されるだけだ。

ドイツランド放送によると、アムネスティ・インターナショナルのロシア専門家ピーター・フランク氏は、「ロシアのジャーナリストと人権活動家に対し労働許可の支給が重要だ」と強調している。なぜならば、「彼らは困難にもかかわらず、ロシアとロシアの発展に取り組み続けたいと願っているからだ。亡命者とロシアに滞在している国民との協力が可能になるように、亡命先の条件を整えることが重要だ」と指摘している。独連邦内務省はロシアのジャーナリスト、野党メンバー、芸術家の移民に対して入国オプションを広げるために集中的な協議を行っている。

海外亡命経済学者のセルゲイ・グリエフ氏はエコノミスト誌に寄稿し、「反プーチンのロシア人はプーチンにストップをかけようとしたが失敗した。彼らはこの戦争を防ぐことができなかったことに部分的に責任はあるが、反プーチンのロシア人は依然として支援に値する人々だ。同情からではなく、ウクライナとヨーロッパの安全のためにもだ。平和で民主的なロシアは、ウクライナとヨーロッパにとってメリットになる」と述べている。

同じように、モスクワの野党政治家でジャーナリスト、ウラジミル・カラ・ムルザ氏は、「最も重要な仕事は、起こっていることに人々の目を開くことだ。私たちの国の政治状況を変えることができる唯一の人々はロシアのロシア人だ。外から変えることは出来ない」と主張している。

プーチン大統領は明らかに恐れ出している

ちなみに、著名なロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏は2020年8月、毒殺未遂事件に遭遇し、治療のためにベルリンに行ったが、回復後、モスクワに戻った。同氏は、「モスクワに戻れば、逮捕されることを知っていたが、西側に留まってプーチン政権を批判することは出来ない」と強調していた(「モスクワ版『1984年』の流刑地」2021年3月28日参考)。

ロシア検察当局は先月15日、収監中のナワリヌイ氏に対し、詐欺や法廷侮辱の罪で新たに禁錮13年を求刑したばかりだ。ウクライナ侵攻以来続く国内の戦争反対デモ、反プーチン・デモを警戒し、国民を威嚇する狙いがあるからだ。

ロシア当局は出ていく反体制派には関心がない一方、帰国する反体制派に対しては厳しく対応している。ナワリヌイ氏は国民に向かって、「プーチン大統領に抗議デモをするように」と呼び掛けている。最終的には、ロシア国民が「プーチン氏」と「ロシア」が違うことを証明する以外に大国ロシアの体制チェンジは難しいのだ。

ロシアの著名な海外亡命反体制派、元石油会社ユコス元社長のホドルコフスキー氏は、「プーチンの権力基盤は万全かというと、そうとは言えない。プーチン氏は明らかに恐れ出している」と受け取っている。ロシア国内外で今年に入りオリガルヒ(新興財閥)が不審な死を遂げるケースが頻繁に報じられている。プーチン氏の最後の発悪か、それとも強権政治の強化か、現時点では不明だが、ポスト・プーチン時代の到来に欧米諸国は備えるべきだ。その際、海外に亡命中の「自由なロシア」を願うロシア人が一定の役割を果たせるように、欧米社会は支援すべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。