グローバル化への逆風

最近、全く聞かなくなったある言葉をふと思い出しました。

カントリーリスクです。

私が学生の頃、しばしば出てきた言葉で、この背景は70年代石油ショック、三井グループで進めていたイランジャパン石油開発のイラン革命による失敗などを指します。他にも進出国が突然政変、革命などで企業活動が止まったことは数知れずあります。例えば21年2月に国軍が支配したミャンマーでは2/3の日系進出企業が赤字となり、めぼしい改善も期待されていません。

一昔前、日本企業は中国進出ブームでしたが中国企業の成長とそれに伴うルール変更で「こんなはずではなかった」と思っている経営者も多いでしょう。古い話では新日鉄と上海宝山製鉄所の関係も日中の懸け橋として美化した話がありますが、ある程度技術輸入したらあとはポイという部分があまり語られてない実態だと思います。

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日経に「グローバル化のつまずき ロシアとマクドナルド」という編集委員記事があります。かいつまんで言うと、トーマス フリードマンというジャーナリストがマクドナルドが進出しているような国同士は戦争をしないという考えを披露、これを「M型アーチ理論」と称しました。

一見、なるほどと思わせる内容ですが、これが学者の間では厳しく批判されたそうです。この考え方のバックボーンは「経済的な豊かさが領土的野心を抑える」ことにあるらしいのですが、それは世の中が平和で安定しているという錯覚を前提にしています。そのマクドナルドはロシア撤退を決意しました。

経済において「企業戦士」という言葉があります。仕事第一主義の人たちのことを揶揄する意味で従来は働きすぎる日本人に向けた言葉でしたが、私は一部のアメリカ人を含め、世界中にクレージーなほどの企業戦士がいくらでも存在すると考えています。

彼らはなぜ、クレージーになるのか、と言えば企業利益や自分への報酬への第一主義であり、ビジネスに於ける開拓者になることを夢見ているからです。誰もやらないうちに手を付ける、これが絶対戦略であり、フリードマン氏のいう経済的豊かさ云々は国家レベルであるべきなのに実際には一部の事業家に富が集中するわけです。

日本企業が今、赤字で苦しむミャンマーから撤退しないのはそれでも人件費は安い、という最後のよりどころがあるからでしょう。中国の人件費が上がった後、日系企業はタイ、ベトナムをはじめ多くの東南アジアの国に足掛かりを求めました。

現在その「最先端」がバングラデシュでしょう。人口は1.7億人、アジアの最貧国、物価は安く、手を付けた大手企業は少ない、これが売りです。この国に行ったことがある方は驚くでしょう。空港からしてくちゃくちゃ。人は24時間何かを求め動き回り、夜中でも交通渋滞。私が行った2年ちょっと前も秩序はありませんでした。それでも最近は進出する日系企業は増えています。

グローバル化はやみくもな海外進出を促進した気はします。ところがそれぞれの国にはそれぞれの国の事情があり、何かが変わった時、それまでのビジネスは180度転換することもあるのです。先進国で政権交代があっても現在は比較的中道化しているのでさほど影響は出ません。が、新興国の場合、極端に振れ幅があること、そして突如、民主化を停止し、権威主義や軍事政権になったりして経済成長を劣後させる政策となります。

今般ロシアに進出した企業は多くが損失計上を出し始めました。先般の航空機をリース会社、前述のマクドナルド、多くの石油関連会社も既に損失計上を発表していますが、これから更に多くの会社が続くものと思われます。日本から進出した企業もまずもって大半のところが多額の損失計上せざるを得ないとみています。

少なくとも過去10年ほど、我々はグローバル化を謳歌しました。モノは輸出ではなく、現地生産で地産地消が経営的戦略だとされました。学術的にもそれを正当化していたのに一瞬にしてグローバル化への逆風と変わりました。企業は今後、海外進出に慎重にならざるを得ないでしょう。進出検討先のカントリーリスクを改めて考えるし、保守的な企業では「何かあった時、だれが責任を取るんだ」という声の勢力を増すでしょう。これは地球規模の経済としては成長鈍化につながります。

今回のロシアの侵攻は地域紛争どころか地球規模での経済の歯車を狂わし、経営戦略の常識を覆しつつあるのでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年5月18日の記事より転載させていただきました。