「プーチン暗殺未遂事件」の因果

独裁者は実際に亡くなるまで少なくとも数回、暗殺未遂を経験し、生前中に何度か自分の死亡が報じられる運命にある。3代の金王朝が続く北朝鮮などはその典型的な例だろう。

金正恩総書記の父・金正日や祖父・金日成は実際に埋葬されるまでに何度か死亡説や暗殺説がメディアを賑わせた。例えば、2004年春、訪中を終えて平壌への帰途、金正日総書記が乗る特別列車が龍川駅を通過した数時間後、同駅周辺で大爆発が発生し、多数の死傷者を出した事件があった。あれなどは明らかに金正日総書記を狙った暗殺事件だったはずだ。

第1回ユーラシア経済連合の本会議で演説するプーチン大統領(2022年5月26日、ロシア大統領府公式サイトから)

暗殺未遂を経験する独裁者

そしてロシアのプーチン大統領も例外ではないらしい。一部の報道では「プーチン氏は不治の病を患っている」という。気の早い報道では、プーチン氏は職務不能の病人だというのだ。そしてやはり暗殺未遂事件があった。

時期は今年3月だ。ロシア軍のウクライナ侵攻後に暗殺未遂事件が生じたが、プーチン氏は生き延びた。情報源はウクライナ軍事諜報機関SBUだ。それによると「事件は完全な失敗に終わった」という。SBUのキリロ・ブダノフ長官(Kyrylo Budanow)はウクライナの新聞プラウダに語っている。情報はまだ検証されていない。

オーストリア日刊紙クリアによれば、プーチン大統領をターゲットとした暗殺未遂事件は少なくとも5件あったという。独裁者となると政敵が多い。

例えば、「ヒトラー暗殺未遂事件」は有名だ。第2次大戦後半の1944年7月20日、シュタウフェンベルク陸軍大佐が現在のポーランド北部にあった総統大本営の会議室に爆弾入りの鞄を仕掛けた。爆発したが、ヒトラーは軽傷で済んだ。大佐は同日中に逮捕され、仲間の将校らとベルリンで銃殺になった。歴史に残る暗殺未遂事件だ。

プーチン氏の場合、医師、警備員、狙撃兵、フードテイスターがチームを編成し、常に大統領に随伴しているという。医者が常時随伴していることから、「プーチン氏の不治の病」説が飛び出したわけだ。ヒトラーも自害する数年前から主治医が常に軍服姿で随伴していた。

主治医は毎日、多数の薬をヒトラーに調合していたという。その薬の中には精神安定剤や痛み止め用の麻薬類があったことが知られている。独裁者は世を問わず、ストレスの多い立場だ。

プーチン氏重体説

ちなみに、「プーチン氏重体説」は英国の秘密情報部MI6の元長官リチャード・ディアラブ氏が5月19日に語って大きな反響を呼んだ。同氏曰く、「ロシアでプーチン体制の終わりが近づいている。プーチン氏は2023年までには亡くなるだろう」と、プーチン氏の死亡年まで予言している。

興味深い点は、警備員や医者の他に、フードテイスターがプーチン大統領警備チームに加わっていることだ。その真偽は確認できないが、事実とすれば北朝鮮の金正日総書記時代と似ている。フードテイスター(毒見役)は主人が料理を口に入れる前にその安全性をチェックするのが任務だ。

ソ連共産党時代にも聞かなかったようなフードテイスターがプーチン大統領の警備チームに加わっているというのだ。それは何を意味するのだろうか。プーチン氏は外からだけではなく、身内からも常に暗殺の危険があるというわけだ。常時、生命の危険というストレス下にあるプーチン氏だ。如何にタフといっても病気にならないはずがない。

数多くの政敵を殺してきたプーチン

プーチン氏が自身への暗殺の危機感が強い背景には、同氏が過去、数多くの政敵を殺してきたことと密接に関係している。一種の因果だ。実際、プーチン時代に入って、反体制派活動家、政治家たちが毒殺されるケースが増えた。情報機関出身者らしく、毒薬を利用した暗殺が多いのが特徴だ。最近では、反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏は2020年8月、毒殺未遂事件に遭遇している。

路上で射殺する事件も起きている。例えば、プーチン批判の政治家だったボリス・ネムツォフ氏の名前を思いだす。エリツイン大統領の後継者ともみられた政治家だったが、当時、首相に就任したプーチン氏から政敵と受け取られていく。

同氏は2015年2月27日、モスクワ中心部のグレートモスクワ橋で射殺された。55歳だった。同氏は2014年3月15日、モスクワの平和行進で、「プーチンのいないロシアとウクライナのために!」と叫んでいる。

参考までに、ネムツォフ氏の名前を付けた道路標識がスロバキアの首都ブラチスラバでロシア大使館前に登場した。名前は「ボリス・ネムツォフ通り」だ。今月25日の道路標識の設置式にはネムツォフ氏の娘ザンナ・ネムツォワ氏が参加したという。スロバキアのTASR通信社が報じた。同氏の勇気ある言動を称え、「ボリス・ネムツォフ通り」は、ワシントン、ビリニュス、キーウ、プラハなどの他の首都にもあるという。

このコラム欄でも、「戦争犯罪人プーチン氏を解任すべし」で書いたが、プーチン氏を解任に追い込むシナリオはさまざま考えられる。プーチン氏には、自身がそうであるから、政敵も自分を暗殺しようとするだろう、という強迫感が誰よりも強い。自業自得といえばそれまでだが、独裁者は程度の差こそあれ同じような道を行くものだ。

なお、プーチン氏が長期的に医療施設に入院した場合、彼の後を継ぐ可能性が最も高いのはニコライ・パトルシェフ氏という。プーチン氏と同じサンクトペテルブルク出身で大学卒業後ソビエト連邦国家保安委員会(KGB)の要員となる。プーチン氏に忠実な人物といわれる。彼は2008年5月以来、ロシア安全保障評議会の書記だ。70歳だから若くはない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。