日本でオフィスワークが消える日:丸の内が上野化するとき

岡本 裕明

孫正義氏がご執心だったシェアオフィス事業のウィワークが上場して7か月ほど経ちました。当初、企業価値が470億㌦もあるとされたのに上場時が90億㌦となり、現在は55億㌦の時価総額となっています。株価が冴えないのは赤字基調が止まらないためで1-3月の決算も500ミリオンドル(650億円)の損失を計上しています。それでも売り上げが前年同期比28%上昇して明るい兆しがあると解説されています。

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ここバンクーバーにも既に6拠点あり、先日もダウンタウンから郊外のWeWorkで会議がありました。3フロアを借り切ったこの施設の入居率はざっと3-4割というところでしょうか?WeWorkの特徴として個人スペースは異様に狭いけれど共有スペースが広すぎるほど整っており、ミーティングスペースも十分にあります。

この事務所に入居している人に「使い心地はどう?」と聞くと一言目が「リーズナブルな価格」を上げました。彼はデスクプラン(=一つの机をあてがわれるだけ)でひと月500㌦(5万円)だそうです。机一つ5万円は高いだろう、と思うとそれは日本的思想です。まず、起業/自営業の人にはビジネスの住所が必要です。それが指定できること、次いで受付に人がいて、客を迎え入れ会議や打ち合わせができること、コーヒーなどのサービスが充実していること、客が「素敵!」と思わず声を上げたくなるほど格好いいデザインと近代的でファッショナブルなオフィス設計であることで「俺はWeWorkだぜ」と入居者が心の中で誇りを持てる仕組みなのです。

では弱点はどうでしょうか?とにかくガラス張りなのです。基本、壁が極力ない設計なのでオフィス全体が全部見通せるし、専用スペースでも金魚鉢の金魚のようなもので全部見られるうえに監視カメラも非常に多いのです。居眠りも出来ないし、今日は誰にも会わないからと手抜きの格好という訳にもいきません。ただ、それより問題は経理やお金の処理の仕事はやりにくいようです。またファイリングキャビネットはないので完全なペーパーレス業務になるし、電話は電話ボックスでかけるのがエチケットと不便な点は多いのです。

私の会社が入居しているのは英国シェアオフィスの老舗、リージャス社運営ですが、ここは壁で仕切られ、ドアに鍵がかかり、プライバシーが完全に保てるやや古いスタイルです。経理の仕事もできるしファイリングキャビネットもあるし、もちろん、電話もいつも鳴り響いています。どちらが好きかは好みによるでしょう。WeWorkは他の人たちとの交流が盛んですが、リージャスはほとんど限定されているなど違いはありそうです。

ところでブルームバーグに「オフィス復帰、英国の金融業界従業員の約9割が『ノー』-調査」とあります。なぜ、英国の人はオフィスに戻りたくないのか、と言えば生活の質の向上が主因のようです。金融業界と言えば近代的な設備と銀行システムへのアクセスなどから在宅勤務などできないと思われがちですが、私のメインバンクの担当者は名刺すら持っていません。理由は「人と会わないから名刺を会社が刷ってくれない」と。名刺ビジネスの日本からすれば唖然とする話でしょう。そもそもこちらでは昔から名刺は会議の最後に出すケースが多いのです。「この人とつながる価値があれば名刺をあげるし、そうでなければドライな関係で終わる」という発想です。

そういえば先日、名刺ホールダーを整理していたら8割が不要な名刺でその過半数は日本の人のものでした。ビジネスでも人の付き合いなんてそんなものです。かつて野村證券に新入社員で入った先輩が一日10枚とか20枚の名刺を集めるために飛び込みを連日やらされていましたが、今となってはあり得ないビジネススタイルです。

日本は集団合議制を取っているので北米のようにシェアオフィスで作業し、一人ひとりが判断し、業務をどんどん進めるという形にはまだ遠いと思います。が、私は何年も前から指摘しているようにいわゆるサテライトオフィスは必ず浸透し、日本型のビジネススタイルは変革すると思っています。その際、係長を中心とする一種のアメーバー的小集団は現在の8-9人規模の半分程度の3-4人規模になるでしょう。その際に巨大なオフィスで落ち着かない所よりアメーバーそのものがシェアオフィスに移ってしまったほうが業務効率は高まり、オフィスコストも下がるはずです。

これは何を意味するか、といえば働き方がもっと変わり、実力主義となり、社内営業に長けた人は必要なくなるということを意味します。派閥は分断され、より個人と小組織の能力と成果が問われます。

丸の内、つまり三菱村はいずれ上野化するでしょう。東京駅周辺は東京のビジネスの中心地にあらず、ということです。基本的に街は西に動くので当面はリニアの駅ができ、羽田により近い品川が東京のセンターになる可能性は大いにあります。そこから超長期的展望としては蒲田を中心としたエリアが一大変貌を遂げるでしょう。更にその次に川崎の湾岸工場地帯が巨大ビル群となり、職住接近でオフィスとマンションの混在型の新しい街が生まれるとみています。ざっと50年ぐらい先かもしれませんが。

日本の仕事の仕方は伝統的な良さがあるのは100も承知しています。しかし、これからの世代の人はそれを必ずしも良しとはしないし、世界の潮流を確実に受け止め、その方向に進んでいくのです。これは止められないのですから、自然の成り行きに任せるしかないでしょう。

繁華街というコンセプトも変わってくるし、人々の交流の仕方も広く浅くから、狭く深くになるでしょう。街づくりは変わり、人の動きはもっと変わるはずです。自然との共生があったり、ジョギング専用コースがある街、せせらぎや風情ある坂道がある街、コミュニティセンターで体操や脳トレや生涯教育を受講する価値観が高まります。そこは消費主体の社会ではなく、クオリティオブライブが前提になるでしょう。

ここに誘導する一つが仕事の在り方であり、オフィスの在り方です。シェアオフィスを通じて見える将来が確かにあるという気がしています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年5月30日の記事より転載させていただきました。